ドラゴンボール -地獄からの観戦者- フリーザ編 03

 かつて惑星ベジータに1人変わった女のサイヤ人が存在した。

 その者は生れながら凶暴で残忍かつ冷酷な性格な上、好戦的で本能的に戦闘そのものを好む者が多い一族の中では正しく異端の存在だった。

 冷酷な本能を殆ど持たずに生まれた為、穏やかな性格で戦い自体に向いていなかったのだ。

 だが、持って生まれた性格や本人の在り方が幸いしたのか、一族の中で疎まれたり孤立するなんて事はなかった。

 

 その異端のサイヤ人の名はギネ。

 

 後に宇宙の帝王フリーザを下し宇宙一の超戦士へと至る孫悟空ことカカロットの母親だ。

 

 気に入らない存在であれば親でも殺す戦闘民族サイヤ人の血を引いているにも関わらず、家族や他者への愛情が深かった異端の存在ギネ。

 彼女が居たからこそ、後の孫悟空によるフリーザ撃破は可能になったと言っても過言ではないだろう。

 

 彼女の夫であるバーダックは下級戦士と位置付けされていながら、異例の戦闘力と戦闘センスを誇っていた。

 しかし、バーダックは戦い以外にはほとんど興味を示す事がなく、それは人間関係にも当てはまり他者へのコミュニケーション能力は壊滅的だった上、自分と同じチームになった人間が死のうが彼の心が動く事はなかった。

 

 だがそんなバーダックに転機が訪れた。

 たまたまギネと同じチームになり任務に当たった際、敵から放たれた攻撃が自分にも被害が及ぶのでついでに自身の近くに居たギネを護った事から彼女との縁が生れた。

 その後も元々戦闘に向いていないギネは任務中何度も危険な目に合い、その度にバーダックに救われた。

 戦闘ではまったく役に立たないギネなのだが、何故かバーダックも他のチームメイト達もギネを邪険にする事はなかった。

 それは彼女がいるだけで任務中常に付き纏う殺伐とした空気が和らぎ、自然と心地よい空気が形成されているのを無意識のうちに理解できていたからだろう。

 

 ギネとの付き合いは色々な面でバーダックを変えた。

 何度突き放してもギネは気にせず人懐っこい顔でバーダックに話しかけ、戦いを生業とするサイヤ人からしたら怪我なんて日常茶飯事で、治療カプセルを使えばすぐに回復するにも関わらず、怪我する度に涙を浮かべ本気で心配してくれた。

 そんな事はバーダックからしたら生れて初めての経験だった。

 そして、1人の女の行動の1つ1つに自分の心が揺れ動かされるなんて経験も同時に初めての事だった。

 

 最初の頃は自分の心が揺れ動かされる度に言いようのない苛立ちを覚えていたが、自身が彼女のことを1人の女として好意を抱いていると理解してからは、不器用ながらもバーダックの方からもギネとのコミュニケーションをとるようになっていった。

 そうして、さまざまなミッションを同じチームで共にこなすうちに2人はいつしか、恋人になり夫婦となっていった。

 

 夫婦になってからの2人の人生はまさしく順風満帆だった。

 

 ギネはバーダックと交際するようになってからは苦手だった戦闘を行う戦闘員をやめ、惑星ベジータの肉の配給所で働くようになった。

 バーダックはギネと共に過ごす内にかつては他者とのコミュニケーションが壊滅的だったが、優しさや人の心の暖かさを少なからず感じたり他者へ示す事が出来るようになった為、不器用ながらも他者とのコミュニケーションを確立する事が出来るようになった。

 そのおかげか、後に最高の仲間と呼べる4人と出会う事が出来た。

 

 そして何よりギネにとって幸せだったのは、2人の子宝に恵まれた事だろう。

 

 長男のラディッツは顔は父親そっくりだが、髪型は自分とそっくりな男の子。

 次男のカカロットは顔も髪型も父親そっくりな男の子。

 

 2人共バーダックの血を引いている割に戦闘力が低かったが、半分は自分の血を引いていた為きっと戦闘力に関しては自分の血を色濃く受け継いでしまったのだろうと息子達に対して心苦しく感じてしまった。

 しかし、自分は戦闘力が低くても不幸せと思った事はなかったし、才能をあげられなかった代わりに愛情だけはどのサイヤ人よりも子供達に注ぎバーダックと一緒に大切に育てていこうと心に決めていた。

 

 だが、そんな幸せな時間は長く続く事は無かった。

 

 カカロットが3歳を前にした頃、バーダックや仲間達がフリーザの命で惑星カナッサを襲撃した時の事だ。

 バーダックは襲撃した星の生き残りの妙な攻撃を受け、意識を失った状態で惑星ベジータへ帰還した。

 

 帰還したバーダックは一見大した怪我を負っていないようであったが、治療カプセルの中でうめき声を漏らし続けているのをギネはしっかり見ていた。

 だから、治療カプセルでの治療が終わった後もしばらく任務を休んで静養するべきだとバーダックに訴えたが、「じっとしているより体を動かした方が早く回復するんだ」とギネの制止を聞き流し、自分が治療中に仲間達が襲撃に向かったミート星へとバーダックは旅立っていった。

 

 次の日ギネの前に大ダメージを負ったバーダックが姿を見せ、バーダックはギネに惑星カナッサで与えられた「未来をみる力」とミート星で行われたフリーザの裏切りとサイヤ人抹殺計画について語った。

 それを黙って聞いていたギネはとても信じられる内容ではなかったが、それ以上にバーダックがこんなくだらない冗談を言う男でない事を誰よりも理解していたので、すんなり受け入れる事ができた。

 だが、その後に告げられたカカロットを他の星に飛ばす事だけは、いくらバーダックの言葉でもギネは受け入れる事が出来なかった。

 しかし、破滅への時間は刻一刻と迫っていた為ギネは、バーダックに「みんなで逃げよう」と訴えるが仲間を皆殺しにされ、フリーザを必ず倒すと心に決めたバーダックによって聞き入れてもらえなかった。

 このバーダックの選択は皮肉にも、ギネと出会った事で人を大切に想う心が宿ったからこそ生まれた選択でもあった。

 

 バーダックの決意を感じ取ったギネは涙ながらにカカロットを見送り、バーダックと共にフリーザに立ち向かう事を決意する。

 必ず2人で生き残って2人の子供を迎えに行き、かつて心に決めた息子達に誰よりも愛情を注ぎ大切に育てる為に、家族4人一緒に幸せに暮らす為に……。

 

 だが、そんな心優しい異端のサイヤ人の決意も虚しく、惑星ベジータは宇宙の帝王の前にあっけなくバーダックやギネ、他の多くのサイヤ人と共に宇宙のチリとなったのだった。

 たった1つの小さな希望を残して……。

 

 

■Side:ギネ

 

 

 あたし等サイヤ人がフリーザの奴に滅ぼされ地獄に来て、もう何年になるだろう……。

 

 あの時バーダックに言われたことを信じていなかった訳ではないが、告げたのがバーダックでなかったら到底信じられない内容だった。

 フリーザによるサイヤ人抹殺計画。

 あたしはバーダックと共になんとかその計画を阻止しようと、フリーザに挑もうと決意したが、バーダックによって気絶させられた為フリーザと戦うことが出来なかった。

 

 それどころか、自分が死んだ時も気絶していた為、気がついたらいきなり目の前に自分の何倍もあるスーツを来た赤い鬼がいたもんだから、ついうっかりエネルギー弾を放ってしまった。

 まさかその巨大な鬼が閻魔大王っていう死後の世界を管理している偉い人だなんて、いきなり分かるわけがない。

 あれに関しては完璧不可抗力なので、自己紹介をされた後は全力で謝って許してもらった。

 そんなドタバタした状態だった為、正直自分が死んだということを認識するまでには、実は結構時間が必要だった。

 

 あたし自身は本来、生前大きな罪を犯していない為天国に行けるはずだったらしいのだが、バーダックや他の仲間達や多くの同族が地獄に行くことになっていると聞いたので、あたしも地獄に送ってもらった。

 

 地獄では生前の罪を償う為に罰と言う名の仕事が与えられるので、なんと仕事をこなす為肉体を与えられるのだ。

 その為余計に自分が死んだという実感が湧いてこなかった。

 

 だが、あたしが地獄に来て程なくしてバーダックも地獄にやって来た。

 あいつの姿を見た瞬間、ラディッツやカカロットの事が急激に恋しくなり、もう二度と子供達に会えない現実に気がつき呆然とした。

 その時になって、ようやく私は自分が死んだ事を本当の意味で理解した。

 そして、自分に力がなかった為、最後のフリーザとの戦いをバーダック1人に押し付けてしまった事が本当に情けなかった。

 色々な感情が溢れてしまった私はバーダックの胸で涙が枯れ果てるまで泣いた。

 

 そうしてあたし達サイヤ人の地獄での生活が始まった。

 

 

 地獄に来てからの日々はあたしにとって、正直生きていたいた頃とあまり大差ない。

 バーダックや他のサイヤ人達は、生きていた頃の様に好き勝手に戦ったりする事が出来ないので、退屈で仕方がねぇ。

 とか言っているが、あたしは生きていた時も惑星ベジータの肉の配給所で働いていたので、仕事内容が変わった程度にしか感じていなかった。

 

 地獄に来た当初はサイヤ人がこんな事やってられるか!とか言って、閻魔大王を倒し地獄を制圧してやる!とか息巻いていた奴もいたが、流石に死者の魂への絶対の権力をもつ閻魔大王相手では勝負にならなかった。

 そもそも戦闘力云々の話ですらなく、死者は閻魔大王に逆らえないという、いわゆる理もしくは法則ってやつなんだろう。

 

 まぁ、そんな事があってからは大抵のサイヤ人が閻魔大王から与えられた仕事をこなす様になった。

 そして、あたしは今日もいつものように仕事に励んでいた。

 

 

「なぁ、ギネ。トーマのやつはまだ戻らないのかい?」

 

 

 後ろから苛立ちが篭った声をかけられたので振り向くと、あたしとは違う場所で作業をしていたセリパが不機嫌そうな顔で立っていた。

 丁度あたしが用事の為少し現場を離れている間、毎度毎度仕事をサボっているバーダックを連れてくる様にセリパがトーマを探しに行かせたらしい。

 

 

「いや、まだ戻っちゃいないね」

 

 

 あたしの返事を聞いたセリパはさらに不機嫌の度合いを深めた様だ。

 だがセリパの機嫌が最悪なのも少しは分かる気がする。

 トーマが出発してから既に1時間程時間が経過している為、探しに行けと言ったのがセリパだった為、トーマの分の仕事までする事になったからだ。

 

 

「へっ、どうせトーマのやつもバーダックと一緒でサボってんじゃねぇーのか?」

 

 

 あたし等の会話に加わったのはセリパと共にやって来た、パンブーキンとトテッポだ。

 ちなみに言葉を発したのがパンプーキンでトテッポは横で頷いている。

 2人の言葉を聞いたセリパは、今にも2人をぶっ殺しそうなほど鋭い眼光で睨みつける。

 

 

「もし、そうだったら。あたしのこの手で2度目の死ってやつをくれてやるよ」

 

 

 もし今トーマがここに戻って来たら、確実にセリパは問答無用でエネルギー弾をぶち込むくらいは簡単に想像がついた。

 

 

「あー、もう我慢できない。あたしはトーマを探しに行く」

「あ、ならあたしも着いていくよ。バーダックのいるところの心当たりがあるからさ」

 

 

 どうしても怒りが治らないのか、ついに元凶を探しに行くと言い出したセリパに同伴するギネ。

 

 

「おっ、面白そうなもんが見れそうだから、オレも着いていくぜ」

「オレもだ」

 

 

 そして、仲間の面白そうな姿が見れると確信して同伴を名乗り出る野次馬2人。

 4人はギネを先頭に空へと飛び出した。

 ギネはバーダックがどこにいるのか知らなかったが、何となくだが居場所に当てがあった。

 そして、そこに間違いなくバーダックは今いると言い様のない確信があった。

 

 しばらく飛び続けると、目的の場所が見えて来た。

 そこには、いくつもの強大な針の上に鎮座した巨大な水晶があった。

 そして、その水晶の前に探していた2人の男の後ろ姿が確認できた。

 

 

「バー……ッ!?」

 

 ギネはバーダックに声をかけようと思い、彼の名前を叫ぼうとした。

 だが、その言葉は最後まで発する事が出来なかった。

 

 

「ギネ、いきなり止まってどうしたんだい?」

 

 

 急に飛行をやめ、宙に浮いているギネを共にやって来た3人は後ろから不思議そうに見つめていた。

 だが、呼びかけに応えないのでセリパがギネの顔を覗き込むと、ギネは全身を震わせながら、信じられないモノを見た様な驚愕の表情を浮かべていた。

 そして、震える指先を水晶に向け口を震わせながら最悪の存在の名前を口に出した。

 

 

「フ……フリー……ザ……」

 

 

 ギネの口から漏れ出たその名前を、セリパの耳は確かに拾った。

 驚き、急ぎ視線を水晶に向けると、ギネの言葉を証明する様に確かにあの最悪の存在が映し出されていた。

 その姿を見た瞬間、セリパはつい数秒前まで抱いていたトーマへの怒りなど彼方へすっ飛ばし、呆然としているギネの手を掴むと自分たちよりも前からこの映像を見ていたであろうバーダックとトーマの元へ全速力で飛んでいった。

 

 

「バーダック!トーマ!これは一体どういうことだい!?」

 

 

 無言で水晶を見上げている2人にセリパが声をかける。

 しかし反応が返って来たのは、2人のうち1人だけだった。

 

 

「セリパか。オレも詳しくは分からん。バーダックを探しに来たら、こうなっていやがった」

 

 

 水晶から目を離し、状況を説明してくれたのはトーマだ。

 だが、そのトーマも詳しい状況は分かっていない様で、簡単な説明をしたらすぐまた水晶に視線を戻した。

 

 ふと、ギネの手を掴んでいたあたしの右手から震えが伝わってくきた。

 震えの原因であるギネを見るとギネは水晶ではなく、無言でバーダックを見つめていた。

 その顔からは、あたしには分からない複雑な想いが篭っている様だった。

 ギネの視線の先のバーダックはギネとは対照的に、表情には何の感情も浮かべていないいつもとまったく同じもんだった。

 だが、その目だけはまるで戦闘時と同じくらい真剣な目をしていやがった。

 

 セリパが水晶に目を向けると、水晶には最悪の存在フリーザの他に、どこか自分たちを従えてた王に似た男とハゲの男、そしてサイヤ人とは違う緑色で触覚を生やした異星のガキ、最後に何処か知っているヤツを思い起こさせるガキの5人が映っていた。

 しかし、この水晶は普段こんな映像を映さない。

 だが、普段あり得ない光景が目の前に確かに存在している。

 

 

「いったい、何が起きてるっていうんだい……」

 

 

 このただ事ではない状況につい漏らしてしまったセリパだったが、その言葉は他の5人が心の中に抱いていたものと全く同じものだった。

 だが、その中でも2人、バーダックとギネは何が起こっているのか理解できていないながらも、この水晶から映し出している光景から目を逸らしたらいけないと心が訴えかけていた。

 

 そして、その心からの訴えは間違っていなかった。

 

 この日地獄にいるバーダック、ギネ、そしてその他のサイヤ人達は目撃することになる。

 

 惑星ベジータ消滅の日に残した小さな希望の光が、強き黄金色に光り輝き宇宙の帝王を下すその瞬間を……。

 

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