ドラゴンボール -地獄からの観戦者- あの世へやって来た孫悟空編 セルゲーム編 壱

 エイジ767年5月26日。

 

 

 その日は地球に住む者にとって、その後の運命を左右した日だと言っても過言ではなかった。

 そして、1人の英雄が誕生した日でもある。

 きっと後の歴史書でも、似た様な記述がされる事はほぼ間違いないだろう。

 

 もし違いがあるとすれば、それは地球の運命だけでなく、宇宙の運命すら左右する日だったという事くらいだろうか……。

 この日、地球のとある場所で地球に住む者達の命運を決める武道大会が開催された。

 

 

 その武道大会の名は”セルゲーム”。

 

 

 主催者の名は、セル。

 かつて地球に存在した私設武装組織レッドリボン軍に所属していた、超天才科学者ドクター・ゲロが作り出した人造人間だ。

 ドクター・ゲロは超天才の名に恥じぬ、科学者だった。

 

 ただ、問題だったのは、彼はその天才的な頭脳を人々の役に立つ事に使わず、悪に利用してしまった事だろう。

 彼ほどの人間がその気になれば、多くの人間を幸せに出来たというのに……。

 彼は、かつて自身が所属していた組織レッドリボン軍が壊滅した後、ずっと1つの目的の為だけにその生涯を費やして来た。

 

 その目的とは、レッドリボン軍を壊滅させた張本人、”孫悟空の抹殺”である。

 ドクター・ゲロの執念は凄まじく、彼はその天才的な頭脳をフル活用して、その目的を完遂する為に最強の人造人間を自ら生み出す事を決意する。

 その方法は、正に様々だった。

 

 彼は長い年月をかけ、地球に存在するありとあらゆる武道家のデータを集めた。

 そして、その蓄積したデータと自分のこれまでの研究成果を組み合わせる事で、様々なタイプの人造人間を生み出した。

 人間をベースにしたタイプもあれば、完全な無から作り出されたロボットタイプ等も存在した。

 

 そして、その執念の最高傑作とも言える存在が、人造人間セルだ。

 セルの力は強大だった。

 宇宙の帝王フリーザをも下した、サイヤ人の伝説”超サイヤ人”の力を持つ孫悟空、ベジータ、トランクスの力すらセルは上回っていた。

 

 だが、それも仕方ない事なのかもしれない。

 何故ならセルは、サイヤ人、フリーザ一族、ナメック星人、地球人等さまざまな強者の遺伝子を宿し、生まれて来たのだ。

 その上、数多くの人間の生体エネルギーと2体の人造人間を吸収しているのだ。

 

 セルがその気になれば、ドクター・ゲロの宿願は一瞬で事が足りただろう。

 だが…、彼にとっては残念ながらそうはならなかった。

 完全体になったセルは、自身の存在理由である”孫悟空の抹殺”よりも自身の楽しみである、強者との戦いを選んだ。

 

 そして、地球に住む者達は突如として知る事になった……。

 自分達の命が実は風前の灯だと言う事を……。

 それは、セル自身の手によって全世界に知らされる事になった。

 

 セルゲームより9日前のとあるテレビ局で、それは起こった。

 

 

「おはよう、世界の諸君……。 これからほんの僅かな時間だけテレビにお邪魔させてもらう事にした……。

 実は平和に暮らしている諸君達に、素晴らしい知らせを持って来たのだ。

 もっと、楽しくスリルに満ち満ちた毎日を送れるような知らせを……。

 私の名前はセルという……」

 

 

 セルは自らテレビ局に乗り込み、テレビを通して自身の存在を全世界に知らしめた。

 

 

「さて、素晴らしい知らせとは……、本日から9日後の5の26日正午より……、『セルゲーム』という武道大会を行う事にした……!

 諸君達人間が戦う相手はわたし1人だ。 君達は何人でもいい。

 1人ずつ私と戦って、君たちの代表選手が負けたら次の選手と交代するというやり方だ……。

 したがって、選手の人数が多いほど君達は有利になる。

 いくら私でもたくさん試合をすれば疲れるかもしれんからな……。

 ルールは天下一武道会とほぼ同じだ。 降参するかリング外に身体の一部がついてしまったら負け……。

 そして、一応手加減してやるつもりではいるが、殺されてしまっても負けとなる」

 

 

 突如としてテレビに乱入し、いきなり武道大会を開催すると宣言したセルに、地球に住む者達は困惑した事だろう。

 ひょっとしたら、いきなりの非日常感に少しワクワクした者や、馬鹿な事をやっていると嘲笑する者もいたかもしれない。

 しかし、セルが述べた「殺されてしまっても」という言葉が飛び出した時、テレビを見ていた者達の中には、恐怖心を抱いた者がいたかもしれない。

 

 だが、人間という者はいい加減なもんで、自分に被害がない時は無責任にしてられるものだ。

 セルが数百人を消し去った化け物だというのに、テレビの中でセルがいくら「殺す」と言っても大抵の者は、本気にせず精々頭がイカレた奴が何か言っている程度にしか考えなかったのではないだろうか?

 だが、セルはそんな呑気な考え方をしている者達の考えを根底から覆した。

 

 

「…もし、代表選手全員が私に負けてしまった場合……、世界中の全ての人間を殺す事にした。

 恐怖に引きつった顔を眺めながら、最後の1人たりとも逃さず徹底的に……な」

 

 

 全世界に盛大な大量殺人予告を告げた後、デモンストレーションの如くその場で気功波を放ち街を破壊する事で自身の本気度を伝えた。

 セルのテレビを通してのパフォーマンスは、全世界を混乱と恐怖に落とし込むには十分すぎるほどの効果を見せた。

 セルを世界の脅威と認識した王国は、セルに対して防衛軍による総攻撃を行ったがセルに傷一つ負わせる事が出来なかった。

 

 その事実が国王の口から世界中に伝わった時、地球に住む者達はいよいよセルゲームへ参加する者達へ希望を託すしかなくなった。

 しかし、相手は防衛軍すら無傷で下す最高の人造人間セルだ。

 そんじょそこらの相手では一瞬で勝負がついてしまうだろう。

 

 例えそれが、格闘技の世界チャンピオンだったとしても、例外ではない……。

 

 

 

 エイジ767年5月26日……、セルゲーム当日。

 地球の運命は孫悟空をはじめとする戦士達に委ねなれた……。

 

 

「さてと! さっそくオラから戦わせてもらおうかな!」

 

 

 最初にセルに戦いを挑んだのは、これまで幾度も地球を守って来た、地球育ちのサイヤ人孫悟空だった。

 孫悟空は、息子の悟飯との1年間の精神と時の部屋での修行により、これまでの超サイヤ人を超え更に力を増していた。

 その戦闘力は、悟空よりも長い期間、精神と時の部屋で修行した同じ超サイヤ人のベジータとトランクスをも上回っていた。

 

 そんな悟空とセルとの戦いは、正しく激戦だった。

 互いが持てる力と技を駆使して、繰り広げる戦いは正に一進一退だった。

 しかし、戦闘が進むにつれ両者の間に明確な差が出始めてきた。

 

 徐々にセルの攻撃が悉く悟空の攻撃を上回り始めたのだ。

 いや、この言葉は語弊がある。

 元々セルと悟空の間には、明確な実力差があったのだ。

 

 セルは悟空に合わせて戦っていただけで、戦闘が進むにつれ隠していた実力を徐々に開放していただけに過ぎないのだ。

 そして、その開放した実力に悟空が追いつけなくなっただけなのだ。

 しかし、そう簡単に諦める孫悟空ではない。

 

 彼は、普段はトボけた発言や世間知らずな面を見せる事が多いが、戦闘に関しては正に天才だった。

 自力で勝てないのであれば、戦略を持って戦う。

 自身だけが持つ瞬間移動を活かしたかめはめ波や、連続エネルギー弾による飽和攻撃等でなんとかセルに食い下がった。

 

 しかし、どれだけ悟空が戦略を駆使して戦おうが、セルの優位を覆す事は出来なかった。

 そして、遂に悟空に目に見える程の疲労が現れた時、それは起こった……。

 

 

「まいった! 降参だ! おめえの強さはよーく分かった! オラはもうやめとく」

 

 

 悟空の突然の降参宣言に、その場にいる全ての者が耳を疑った。

 それは、彼の仲間達だけでなく、今まで戦っていたセルも例外ではなかった。

 しかし、それも仕方ない事だろう……。

 

 孫悟空という人物を知っている者だったら、彼が疲労程度で勝負を諦めたりするはずがない事は誰もが知っていたからだ。

 これまでどれほど実力が離れていようが、悟空はギリギリの所で食い下がり、諦めず最後の最後には勝利を手にして来たのだ。

 そんな姿を幾度も見て来た彼の仲間達は、特に悟空の発言が信じられないモノだっただろう。

 

 それに、悟空以外にまともにセルと戦える者がいるとも思えなかったのも、その気持ちに拍車をかけた。

 そんな周りの事など気にした素振りを見せず、悟空はセルに1つ提案をする……。

 

 

「じゃあ、次に戦うヤツをオラが指名してもいいか?」

「貴様、本当に降参する気か……!」

 

 

 悟空の発言に、敵であるセルすら困惑の表情を浮かべていた。

 そんな、セルに笑みを見せながら悟空は言葉を続ける。

 

 

「今度の試合で、多分セルゲームは終わる。 そいつが負ければ、もうおめえに勝てるヤツいねえからだ……。

 だがオラは、さっきおめえと戦ってみてヤッパリそいつならオメエを倒せると思ったんだ」

「なに!?」

 

 

 悟空の確信を持って放たれた言葉に、興味を惹かれたのかセルの顔つきが変わる。

 それに気付いた悟空は、更に笑みを深め言葉を続ける。

 

 

「だから、オラは全てを任せて降参した……」

「ということは、そいつは貴様はもちろん私よりも強いとでもいうのか?」

「ああ」

「くっくっく……、では聞こうか、その存在するはずもない者の名を……」

 

 

 悟空とセルの視線が交差する……。

 周りの者達は困惑の表情を浮かべながらも、悟空が言うセルを倒しうる者の名が告げられるのを待っていた。

 悟空は静かにセルから視線を外し、その者に期待を込めた眼差しを向ける。

 

 そして……、ついにその者の名が悟空の口から告げられる……。

 

 

「オメエの出番だぞ、悟飯!!」

 

 

 悟空が名前を告げた瞬間、セルゲームの会場にいた全ての者が驚愕や困惑の表情を浮かべた。

 それは、指名された悟飯本人も例外ではなかった。

 しかし、それも仕方ないだろう……。

 

 悟空が指名した孫悟飯は、超サイヤ人にこそ覚醒しているものの9歳の少年なのだ。

 しかも、彼は元来戦いが好きな性格ではないし、力は強くてもまだまだ戦士として未熟な部分が目立つ彼は、仲間達からしてもどちらかと言えば守ったり戦いから遠ざけたい存在だった。

 そんな存在を父である悟空が、率先して戦いの舞台に立たせようというのだ。

 

 しかも、相手は悟空すら勝てなかったセルだ。

 仲間達は誰1人として、悟飯がセルと戦って勝てるビジョンが浮かばなかったのだ……。

 しかし、そんな仲間達の考えを他所に悟空は悟飯の元に近づき声をかける。

 

 

「やれるな? 悟飯」

「ボ…ボクがセルと……?」

 

 

 悟空の問いかけに、未だ困惑の表情を浮かべながら悟飯が悟空に問いかけると、この状況に黙っていられなかったのかピッコロが2人の会話に割り込む。

 

 

「無茶を言うな悟空! 戦えるわけないだろう!

 確かに見違えるほど実力は上がったが、相手は貴様でも敵わなかったセルだぞ!!」

 

 

 苦虫を噛み締めた様な表情を浮かべたその表情は、心の底から悟飯の身を案じて反対しているのが伺えた。

 しかし、そんなピッコロを諭す様に悟空は口を開く。

 

 

「ピッコロ、悟飯はオラ達の思っている以上に信じられない様な力を持っているんだ。

 考えてもみろよ。 こいつはもっとチビの頃からみんなと同じ様に戦っていた……。

 オラがそんぐらいのガキだった頃は、てんで大した事なかったさ」

「し…しかし、いくら超サイヤ人になったからといって……、そ、そんな急には……」

 

 

 慌てている周りと違い、冷静に悟飯の実力について話しを続ける悟空だったが、悟飯が幼少の頃から一緒に戦って来たクリリンも悟空が言うほどの実力を兼ね備えているとは俄かには信じられなかった。

 悟空はクリリンに顔を向けると、自身が何故悟飯に後を任せる気になったかの理由を口にした。

 

 

「精神と時の部屋で、深く深く封じ込められ、眠っていた力が解放され始めたんだ。 本人に聞いてみてやろうか?」

 

 

 悟空は悟飯の前で跪き両肩に手を乗せると、悟飯の眼をしっかり見て優しく問いかける。

 

 

「どうだ悟飯…、さっきの父さんとセルとの戦い凄すぎてついていけないと思ったか?」

「……お…思わなかった…。 …だ、だって2人とも思いっきり戦っていなかったんでしょ……?」

 

 

 悟空の問いかけに、僅かに躊躇いを見せた悟飯だったが、自身に向ける悟空の眼差しに何かしら感じ入るものがあったのか、悟飯は正直に自身の感じていた事を口にする。

 その言葉に笑みを深くした悟空は、優しい口調で悟飯に語りかける。

 

 

「セルはどうかしらんが父さんは思い切りやっていたさ。 つまり、おめえには手を抜いている様に感じたんだろ?」

「………」

 

 

 悟空の問いかけに、戸惑いの表情を浮かべ無言になる悟飯。

 その行動は言外に悟空の言葉を肯定していた。

 そして、それは周りにいる仲間達にも伝わったのだろう。

 

 

「そ…そうなのか!? 悟飯……」

 

 

 ピッコロが悟飯に問いかける。

 すると、未だためらった様な表情を浮かべながらも、悟飯はしっかりと首を縦に振った。

 

 

「は…はい」

 

 

 その言葉に、ベジータは驚愕の表情を浮かべ、セルは愚かなと鼻で笑い飛ばした。

 悟飯の前にいる悟空は笑みを浮かべると、悟飯の両肩に載せる手に力を込める。

 

 

「やれ、悟飯! 平和な世の中を取り返してやるんだ。 学者さんになりたいんだろ?」

 

 

 悟空の期待のこもった眼差しを、しばらく困惑した様な表情で見つめていた悟飯だった。

 しかし、悟空の向ける眼差しの中に、自分に対して絶対的な信頼が篭っている事に気がつき、自然と表情に力強い笑みが浮かんだ。

 

 

「わかりました。 やってみます」

 

 

 ついにセルと戦う事を決意した悟飯は、纏っていたマントを脱ぐ。

 そして、セルへと緊張した様な表情で視線を向ける。

 そんな悟飯の背中を悟空が優しくポンと叩く。

 

 背中を叩かれた悟飯は視線を向けると、力強い笑みを浮かべた悟空と目が合う。

 悟空は頷くと、悟飯も頷くとその場から飛び出し、セルの前へと降り立った。

 

 

 

 そして、ついに悟飯とセルとの戦いが幕を開けた。

 

 

 誰もが予想した通り、悟飯とセルとの戦いは一方的に、セルの優勢で事が進んでいた。

 確かに、悟飯は凄まじい力を持っていたが、スピード、タフネス……どれをとっても悟空以外の仲間達では相手にもならないだろう。

 だが、今相手をしているのはその悟空すら下したセルなのだ。

 

 それに加え、悟飯は元々戦いに向いていない性格のせいか、どうしても受け身に回ってしまう事が多いため、セルの攻撃を避けたり防御したりで中々攻めに転じる事が出来ないでいた。

 いや、それ以前に父親の悟空や目の前のセルみたいに、戦いを楽しめない悟飯にとってこの戦いそのものが無意味だと思っていた。

 セルの攻撃をなんとか、持ち前のスピードを活かし躱していた悟飯だったが、少し本気を出したセルにあっさり捕まり、強烈な頭突きを喰らわされると、続けてセルの重いパンチが悟飯の顔面を何度も撃ち抜く。

 

 そして、トドメとばかりに気合砲で岩場へと叩きつけられる。

 セルの気合砲の威力は凄まじく、叩きつけらた巨大な岩は盛大に崩れ落ちる。

 あっけなく瓦礫の下に沈んだ悟飯に興味が失せたのか、セルは再度悟空へ向き直る。

 

 

「さぁ、孫悟空。 くだらないジョークはもう終わりだ!

 さっさと仙豆を食べて、もう一度戦え!!」

 

 

 しかし、悟空は不敵な笑みを未だ浮かべていた。

 

 

「バーカ! 後ろをよく見てみろよ」

「なに?」

 

 

 悟空に言われて、セルが後ろを振り向くと多少怪我を負ってこそいるが、殆どダメージを受けていない悟飯がセルに向かって歩いてきていた。

 

 

「!!」

 

 

 これには、流石のセルも驚きを隠しえなかった。

 

 

「……こいつは驚いた、ことのほかタフじゃないか……」

 

 

 悟飯の思わぬタフさにようやく、悟飯に興味を抱いたセルだったが、セルとは対照的に悟飯はどこまでも冷めきっていた。

 

 

「も…もうやめようよ……。 …こんな戦い意味無いよ……」

「へ!?」

 

 

 突然飛び出した悟飯の言葉にセルは一瞬訳がわからないといった表情を浮かべるが、その言葉の意味を理解した瞬間邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「はっはっは、何を言い出すかと思えば、このセルゲームは意味がないからやめろだと?

 意味はある。 私にはこれが趣味だしお前達には地球人を救うため…」

「ぼ…僕は本当は戦いたくないんだ…。 殺したくないんだよ……。 たとえお前みたいに酷いヤツでも……。

 ……お父さんみたいに戦ったりするの好きじゃないんだ」

 

 

 何とかこの戦いを言葉で終わらせようとする悟飯だったが、そんな悟飯をセルは鼻で笑う様に言葉を続ける。

 

 

「……貴様が戦いを好きじゃないのはよくわかった……。 …だが、私を殺したくないと言う意味がよく分からないんだがね。

 貴様には100年経ってもこの私を殺す事は出来ん。 どうだ、ちがうか?」

「ボ…ボクにはだんだん分かってきたんだ……。

 お父さんがセルを倒せるのはボクだけだって言った事が…。

 …ボクは昔から怒りでカッとなると自分の意思を超えとんでもない力でめちゃくちゃな戦いを始めてしまうらしんだ。

 …だから……きっとお父さんはそいつを計算して……」

「……ほぉ…」

 

 

 悟飯の言葉は一聞すると子供の戯言に聞こえなくもなかった。

 しかし、セルは自身もサイヤ人の遺伝子を身に宿した、ドクターゲロが作り出した人造人間だ。

 その為、セルはサイヤ人の遺伝子が持つ可能性を軽くみる事はなかった。

 

 更に、孫悟空が悟飯に戦いを任せている現状からも、セルの卓越した頭脳は悟飯が言っている事を一蹴する事が出来なかった。

 それによって、セルの興味は完全に悟飯に向いたのだ。

 セルの表情に邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「失敗だったな」

「え!?」

「そんな話を聞いて怖気づくとでも思っていたのか!?

 やはりガキだな……。 それどころか私はどうしても貴様を怒らせたくなった!!」

「!!」

 

 

 セルの言葉に驚愕の表情を浮かべた悟飯に強烈な衝撃が襲う。

 セルは自身の言葉を証明する様に、悟飯の怒りを解放するべく猛攻を始めたのだ。

 

 

「さあ怒れ!!! 怒って真の力を見せてみろ!!!」

 

 

 しかし、悟飯もただやられているわけではない。

 戦闘経験は悟空に及ばないまでも、今や悟空に匹敵する戦闘力を有しているのだ。

 持ち前のスピードを活かし、大振りとなったセルの攻撃をかわした悟飯はお返しとばかりセルの顔面に強烈な蹴りを叩き込む。

 

 悟飯の蹴りよって尻餅をつき、口から血を流すセル。

 しかし、セルは瞬時に起き上がると口から流れる血を親指で拭うと、悟飯に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「何が何でも貴様を怒らせてやるぞ……」

 

 

 それからは、セルの独壇場だった。

 セルは自身の持つありとあらゆる技を活かし、悟飯を追い込んでいく。

 しかし、セルがどれだけ悟飯に攻撃を仕掛けても悟飯の怒りが解放される事はなかった。

 

 そこで、セルは攻め手を変えることにした。

 

 

「強情なヤツだ……。 どうやら自分の痛みだけでは怒りが湧いてこんらしいな…。

 ……では、お前の仲間達に相談してみることにするか」

「!!」

 

 

 セルの言葉に、悟飯の顔色が変わる。

 そんな悟飯を無視して、セルは悟飯の仲間達の元へ猛スピードで飛び出す。

 

 

「やっ、やめろーーーっ!!!」

 

 

 悟飯の叫び声が虚しく響く中、セルは瞬時に仙豆を持つクリリンの前に姿を現すと、仙豆が入った袋をクリリンから強奪する。

 セルは悟飯を精神的に追い込むべく、まず手始めに回復する手段を奪うことにしたのだ。

 邪悪な笑みを浮かべたセルは、悟飯に視線をむける。

 

 そのセルの様子に、とてつもない嫌な予感を覚える悟飯。 

 

 

「なっ、なにをするつもりだっ!!」

「なんでもするさ、貴様が怒って真の力を発揮するなら。 貴様が妙に怒りを我慢するから仲間が痛い目にあうのだ」

 

 

 セルの言葉に悟飯にこれまでにない程の焦りが生まれる。

 

 

「や、やめてくれ…!! じ、自分でも、お、思う様にコントロール出来ないんだ…!! だ、だから…」

「…だから、仲間を痛めつけて、その力を引き出させてやろうというのだ」

 

 

 必死に悟飯はセルに呼び掛けるが、そんな悟飯の意見など聞く耳を持たず、行動を起こすべく視線を悟飯の仲間達に向ける。

 

 

「くそ…っ!!」

 

 

 言葉では止まらないと判断した、悟飯は悪態を付きながらセルの行動を止めるべく飛び出す。

 しかし、そんな悟飯をセルはカウンターで蹴り飛ばし、瓦礫の中に叩き込む。

 

 

「怒るなら思いっきり怒ってみろ!!!」

 

 

 未だ中途半端な怒りしか見せず、瓦礫の中に沈んだ悟飯を一喝するセル。

 そんなセルの頭上を大きな影が覆う。

 

 

「む!?」

 

 

 瞬時に頭上に視線を向けると、人造人間16号が目の前に迫っていた。

 そして、16号の太い両腕に囚われてしまう。

 悟飯や周りで戦いを観戦していた悟空達も、16号の突然の行動に驚きの声を上げる。

 

 しかし、なぜ16号がそんな行動を起こしたのか、誰も理解していなかった。

 だが、その答えはすぐ分かることになる、16号の言葉によって。

 

 

「お前達を巻き込んで犠牲にしてしまう事を許してくれ!! オレはセルと共に自爆する」

「!!」

 

 

 16号のセリフに捕まっているセルや周りの者達は、1名を除き驚きの反応をする。

 しかし、周りの反応を無視して16号は言葉を続ける。

 

 

「これが身体に秘められていた使ってはいけない最後の力だ!! いくら貴様でもこれだけ密着していれば粉々になる!!」

「くっ!!!」

 

 

 16号の言葉を聞いたセルの顔にわずかに焦りが生まれる。

 そんなセルの反応を尻目に自爆するべく、身体に仕込まれた機能を発動する為に意識を集中する16号。

 そして、ついにその時が訪れる…。

 

 

「だーーーーーっ!!!」

 

 

 掛け声と共に、16号の身体の中に仕組まれた爆弾が機能を発し、セルや周りにいる悟飯達までをも巻き込み跡形もなく吹き飛ばす……筈だった……。

 セルや16号を生み出した、稀代の天才科学者ドクター・ゲロが作った爆弾だ……。

 もし、効果を発揮していたらその威力は確かに驚異的なものだっただろう。

 

 しかし……、そうはならなかった……。

 静寂が辺りを包む……。

 

 

「!? な…なぜだ……、なぜ爆発しない……」

 

 

 彼は確かに自分の中に在るはずの機能を発動した筈だった。

 しかし、現実は彼の考え通りの結果にならず、未だ自身も、そして滅ぼす筈だったセルも共に存命している。

 混乱の極みの16号に予想外のところから、この状況の解答が語られることになった。

 

 

「じゅ…16号…自爆はできない……!!

 カプセルコーポレーションでお、お前を修理してた時…、博士がお前の身体にとんでもねぇ爆弾が隠されてるのを発見してさ……。

 物騒だったんで、と…取り除いた…って言ってた……」

 

 

 静寂を破ったのは、クリリンだった。

 クリリンは以前セルに半壊させられた16号を修理する為に、カプセルコーポレーションに運び込んだ張本人だった。

 その時に、修理を行ったブリーフ博士やブルマから16号の状況を聞いていたのだ……。

 

 クリリンの言葉によってもたらされた情報に、普段無表情の16号の顔に僅かな焦りが生まれる。

 しかし、16号の焦りなど関係なく、時は進む。

 

 

「くっくっく…。 残念だったな16号……。 もっとも爆弾ごときで私が死んだとは思えんがね」

 

 

 16号の両腕の囚われていたセルは、笑い声を上げると同時に手のひらから気功波を放出し16号の身体をバラバラに吹っ飛ばした。

 

 

「!!」

 

 

 セルの行いに驚愕の表情を浮かべる悟飯。

 そんな悟飯の反応をよそに、ドサッと無機質な音を立て唯一無事だった16号の頭部が地面に落ちる。

 地面に虚しく転がった16号の頭部に近づいたセルは、それを足で踏みつける。

 

 

「くっくっく……。 所詮貴様はドクター・ゲロの失敗作だったようだな」

 

 

 セルは踏みつけていた、16号の頭をサッカーボールよろしく蹴っ飛ばす。

 視界から完全に消えた事により16号に興味が失せたセルは、視線を戦いを観戦していた悟空達に向ける。

 

 

「今度は貴様達の番だ……。 1…2、3……4……7人か……。 よし……」

 

 

 セルは視界に収めた悟空達を見て、邪悪な笑みを浮かべるとグッと身体に力を込め上半身を軽く反らす。

 するとセルの背後の両翼が左右に大きく開き、セルの背中に収まっていた尾の先端がググ…と音を立て突起状態から大きな穴へと変貌する。

 

 

「ふんっ!!」

 

 

 セルの掛け声と共に尾の穴から、ボボボッと音を立て何かが排出される。

 

 

「ウキキ……」

 

 

 セルから排出された者達は、奇声を上げながら目を開き立ち上がる。

 その姿は正に小さなセルと言ってもよかった。

 

 

「さぁ行け! セルジュニア達よ、あの岩の上にいる7人が相手だ。 痛めつけてやれ、なんなら殺してもかまわんぞ」

「キーーーーーッ」

 

 

 冷酷なセルの一声と共に飛び出す7人のセルジュニア。

 向かってくるセルジュニア達を迎え撃つ為に、構える悟空達。

 

 

「ムダだ。 絶対に勝てはせん。 小さくても私の子供達だぞ」

 

 

 セルの言葉は正しかった。

 悟空、ベジータ、トランクスという3人の超サイヤ人がいるというのに、セルジュニア相手にあっという間に劣勢状態に追い込まれたのだ。

 3人の超サイヤ人はまだ、なんとかセルジュニアと戦いという形になっているが、サイヤ人ではない、クリリン、ヤムチャ、天津飯、ピッコロは殆どやられ放題だった。

 

 仮に孫悟空がセルとの戦いの後、すぐに仙豆で体力を回復していたら多少は状況が異なったのかもしれないが、体力を回復しなかったのが此処で大きく裏目に出た。

 そんな、仲間達がやられていく状況を目の当たりにした悟飯の気が、徐々に膨らみ始めた。

 

 

「お! わずかに気が膨らみ始めたな……。 いいぞ、やっと怒りを感じだしたようだ……」

 

 

 セルは悟飯の状態を目敏く感知すると、自分の思惑通りに事が進み口元に笑みを浮かべる。

 しかし、まだだ……。

 まだ、セルが望む状況には事足りない。

 

 そこで、セルは更に悟飯を追い込むべく行動に出る。

 

 

「はやく真価をみせんと取り返しのつかん事になるぞ。 よく見るがいい、ベジータやトランクスでやっと互角の戦いだ……。 体力を失っている孫悟空もあぶない……」

 

 

 セルの言葉を聞き、目の前の状況に表情を絶望に染める悟飯。

 その表情は必死にこの状況を覆したいが、悟空の言うような凄まじい力の引き出し方が分からず、焦っている様でもあった。

 しかし、焦る悟飯の目の前で事態はどんどん最悪の方向へ加速する。

 

 セルジュニアの猛攻により、クリリンやヤムチャ、天津飯はもはや虫の息だった。

 動けなくなった、彼らを笑みを浮かべながらいたぶる様に攻撃し続けるセルジュニア。

 

 

「や…やめて……。 やめてくれって言ってるだろ……」

 

 

 悟飯は無力感に苛まれながら、その様子を涙を流しながら見続けることしか出来なかった。

 いつしか、彼の口からは懇願にも等しい言葉が吐き出されたが、それが聞き入れられる事はなかった。

 そんな状況にも関わらず、悟飯の気は更に上昇していた。

 

 セルが予想した通り、仲間が痛めつけられた事により、怒りで悟飯の内に眠る力が表に出はじめた証拠だった。

 悟飯の状態を邪悪な笑みを浮かべながら観察していたセルは、悟飯の力の解放があと一歩まで来ている事を看破する。

 そして、最後の一押しをするべく行動に移る。

 

 それは、悟飯にとって最悪の事態だった……。

 

 

「よし、セルジュニアたち!! お遊びはここまでだ!! 殺したければ好きに殺していいぞ!!」

「!!」

 

 

 セルの台詞に悟飯の顔が絶望に歪む。

 だが、悟飯の絶望に反して悟飯の中に眠る力が更に解放されていく。

 悟飯の逆立っていた髪が悟飯の怒りに反応して、ぞわぞわと忙しなく揺れ動いていた。

 

 その様にセルは更に笑みを深くする。

 

 

「やれっ!! 殺してしまえ!!!」

 

 

 セルは悟飯を炊きつける為に、セルジュニアに命令を下す。

 そんな時だった、ドンと音を立てた後ゴロゴロと悟飯とセルの間に転がってくるモノが現れたのは。

 

 

「ん?」

「じ…人造人間……」

 

 

 転がってきたモノの正体は、頭部だけになった16号だった。

 

 

「そ…孫悟飯……、正しい事のために、た…戦う事は罪ではない……。

 は…話し合いなど通用しない相手もいるのだ……。

 せ…精神を怒りのまま自由に解放してやれ……。

 き…気持ちは分かるが、もう、我慢する事はない……」

 

 

 16号が語る言葉を悟飯は、涙を流しながら茫然と見つめながら聞いていた。

 その言葉は、精神的に追い込まれた悟飯の心にスッと入り込んだ……。

 しかし、それに不快を感じた者が近くにいた。

 

 

「いいアドバイスだが、私は私のやり方でやっているのだ……」

 

 

 不快そうに言葉を告げたセルを無視する様に、16号は言葉を続ける。

 

 

「オ…オレの好きだった自然や動物達を……、ま…守ってやってくれ……」

「…………」

 

 

 笑みを浮かべながら悟飯に願いを托す16号と、視線を合わせる悟飯。

 だが、それも長くは続かなかった……。

 次の瞬間、悟飯の視界に黒い影が上から落ちて来た……、その瞬間……虚しく音が響いた。

 

 

 グシャッ…

 

 

 音が響いた後、バラバラに飛び散る16号の頭部を構成していたパーツ達……。

 正常な形が破壊された事により、ジジッと音を立てながら、その機能を停止していく……。

 その様子はまるで、16号という存在の命が消えてしまった事を伝えているようだった……。

 

 

「あ…っ、あ、あぁ……あ……」

「余計なお世話だ、出来損ないめ」

 

 

 茫然と16号の残骸を見つめている悟飯……。

 目の前の事態に心が停止し静寂に包まれた彼の中で、何かが大きな音を立てて切れた……。

 

 

プツン

 

 

 それが理性の鎖だったのか、力を封じ込めていた鎖だったのかは分からない……。

 だが、確かに今この瞬間、孫悟飯の中で何かが切れた……。

 

 

「うぉあああああーーーーーっ!!!!!」

 

 

 叫び声と共に悟飯の身体から、今までにない程の膨大な気が放出される。

 それは、気の嵐となって周りにあるありとあらゆるモノを吹き飛ばす。

 ついに……、ついに悟飯の怒りが限界を超えた瞬間だった……。

 

 膨大な気の嵐によって、巻き起こった土煙が収まった時、その者が姿を現した……。

 紫電を身に纏い、これまで以上に逆立った髪に、怒りによって鋭くなった眼……。

 

 

 超サイヤ人を超えた超サイヤ人……、孫悟飯がそこに立っていた……。 

 

 

「か…、変わった……」

 

 

 悟飯の変わりようをその目に捉えたセルは、茫然と口を開く。

 

 

「もう、許さないぞ。 お前達……」

 

 

 膨大な気と圧倒的な威圧感を身に纏った悟飯は、ゆっくりとセルへと近づく。

 

 

「……!!」

 

 

 悟飯から発せられる雰囲気に、僅かにセルが呑まれる。

 しかし、次の瞬間、その表情に狂気の笑みが浮かぶ。

 

 

「や…やっと真の姿を見せたか……!! …これで、お、面白くなって来たぞ……」

「……」

 

 

 興奮しているセルと対照的に、どこかセルを冷めた眼で見つめる悟飯。

 2人の距離が数十cmと近づき、お互い攻撃するには十分すぎる間合いだった。

 先に動いたのは、悟飯だった。左手が僅かにブレる。

 

 

「う!?」

 

 

 セルが気づいた時には、左手に握りしめていた仙豆が収まった袋が悟飯の手の中に移っていた。

 

 

「き、貴様仙豆を……!!!」

 

 

 一瞬の出来事で惚けていたセルだったが、視界に収めた事実に驚愕の声を上げざるを負えなかった。

 しかし、そんなセルを尻目に悟飯は一瞬でセルの視界から姿を消す。

 急いでセルが、視線を動かすと悟飯は倒れているクリリンに攻撃を仕掛けていたセルジュニアの前に移動していた。

 

 

「!!」

 

 

 突然目の前に現れた悟飯に、驚きの表情を浮かべるセルジュニア。

 しかし、自身の力に絶対的な自信があるからなのか、生まれて間もない上、気を感知する能力が乏しいからなのか、セルジュニアは悟飯の小さな姿を視界に収めると、邪悪な笑みを浮かべる。

 その表情は、目の前の相手もそこに転がっている人間と同じ様に、いたぶってやると言外に告げていた。

 

 しかし、そんな眼を向けられているにも関わらず、悟飯は冷徹な眼差しをセルジュニアに向けるのだった。

 

 

「きき……、ひゃあっ!!」

 

 

 セルジュニアが奇声を上げながら、悟飯に飛びかかる。

 セルジュニアは外見だけ見れば、セルと似た姿をしているが悟飯以上に小さい。

 しかし、戦闘能力は超サイヤ人へと変身したベジータやトランクスに匹敵する。

 

 当然、攻撃能力も高いのだ……。

 だが、今の悟飯はそんなセルジュニアを腕を一閃するだけで、存在そのものを消し飛ばす。

 

 

「ーーーっ!!」

 

 

 これには、周りのすべての者が驚愕するしかなかった。

 悟空達やセルジュニア、そしてセルすらこの例外ではなかった。

 

 しかし、驚愕よりも仲間がやられた事に怒りを感じたのか、セルジュニア達は瞬時に気持ちを立て直し怒りを露わにする。

 

 

「ぐぎぎぎぎぎ……!! キャアアーーーーーッ!!!!」

 

 

 怒りの籠った眼差しを悟飯に、向けた瞬間、それまで相手にしていた悟空達をほっぽり出して残っていた6体総出で悟飯に向けて飛び出す。

 6体のセルジュニアが襲って来ているという危機的状況にも関わらず、悟飯の表情が変わることはなかった。

 冷めた表情で6体のセルジュニアを視界に収める。

 

 

「あーーーーーっ!!!!」

 

 

 叫び声を発すると同時に、セルジュニア達の視界から悟飯の身体が搔き消える。

 次の瞬間、目の前に姿を現した悟飯によって繰り出された、蹴りにより1体、返す刀で繰り出されたパンチにまた1体と瞬時に2体のセルジュニアを破壊する。

 しかも、それだけでは終わらない。

 

 一瞬の出来事に惚けているセルジュニア達を、蹴りにより追加で3体消滅させてしまう。

 残った1体は破壊される仲間達の残骸を見て、悟飯に恐怖を抱き逃亡を図るも、瞬時に悟飯に追いつかれ手刀による一閃で首を飛ばされ、破壊されてしまう。

 ほんの数秒の出来事だった……。

 

 悟空達が苦戦したセルジュニア達を、息一つ乱さず一掃する悟飯。

 しかし、セルジュニアを全員倒したというのに、悟飯の表情には何一つ感情の変化が起きていなかった。

 怒りが感情を制御しているからなのか、攻撃に対して一切の躊躇が消えているのだ。

 

 

「これでみんなを……」

 

 

 空中に佇んでいた悟飯は手に持っていた仙豆が入った袋をトランクスに投げると、視線をセルに向ける。

 視線の先のセルは苦々しい表情で悟飯を睨んでいた。

 悟飯は視線をセルに固定したまま、セルの前に悠然と降り立つ。

 

 再び相対する悟飯とセル。

 

 

「いい気になるなよ、小僧……。 まさか本気で私を倒せると思っているんじゃないだろうな……」

 

 

 苦々しい表情を浮かべていたセルだったが、なんとかその感情を飲み無理やり笑みを浮かべるが、その笑みは何処かぎこちなかった。

 しかし、そのぎこちない笑みも長くは続かなかった……。

 

 

「倒せるさ」

 

 

 悟飯が発したただ一言。

 しかも、その一言には何の感情も籠っていなかったのだ。

 ただ事実のみを述べた。ただ、それだけ。

 

 それが理解できた故に、セルの表情から笑みが一瞬消えた……。

 しかし、それも瞬時に余裕の笑みに変わる……。

 

 

「……ふん、大きく出たな……。 では、見せてやるぞ! このセルの恐ろしい真のパワーを……!!

 かあああああ……!!!!」

 

 

 セルの掛け声と共にセルの身体から膨大の気が放出される。

 あまりの気の大きさに、地球全体が震え上がる。

 大地はヒビ割れ、雲は何処かへ消し飛んだ。

 

 

「ああっ!!!!!」

 

 

 だが、それでもセルの気の上昇は止まらない……。

 ドンッと音を立てて衝撃が走ったかと思ったら、更にセルの気が上昇したのだ。

 かつてないほどの気の高まりに、悟空達は表情を強張らせる。

 

 

「はあああああ……」

 

 

 ようやく、セルの気の上昇が止まると、悟飯達の目の前には、圧倒的な気を身に纏ったフルパワーを解放したセルが姿を現した。

 

 

「どうだ……、これが本気になった私だ……」

 

 

 自身の強さを誇示する様に、セルは悟飯に凶悪な笑みを向ける。

 しかし、セルのフルパワーを見ても悟飯は自身の勝利が微塵も揺るがないとばかりに、一言で斬って捨てた。

 

 

「それがどうした」

 

 

 自身のフルパワーを見ても悟飯の様子に変化がない事に一瞬、顔を顰めるセル。

 しかし、自分の実力に揺るぎない自信を持っているセルはフルパワーを解放した自分が万が一にも負けるはずがないと考え直し、口元に笑みを浮かべる。

 

 

「くっくっく……」

 

 

 そして、目の前の調子に乗っている小僧に現実を教えるべく、遂にフルパワーとなったセルが行動に出る……。

 セルの口から笑みが消えた瞬間、周りの者達の認識が置いていかれるほどの超スピードで悟飯に近づいたセルは、最大限に気を高めた右拳を悟飯の左頬に叩き込む。

 自身の力に絶対的な自信があるセルは、自分の拳をモロに悟飯が喰らった事に笑みを浮かべるが、その笑みはすぐに消える事となる。

 

 攻撃を食らったはずの悟飯が、大したダメージもなく冷めた眼で自身を見ていたからだ。

 その眼は言外に、この程度か?と語っている様だった。

 

 

「!?」

 

 

 この悟飯の反応には流石のセルも、目を見開き驚愕を露わにする。

 だが、セルは瞬時にその驚愕を飲み込み追撃の左拳を悟飯に繰り出す。

 

 

「ぎっ!!!!!」

 

 

 凄まじい速度と威力を持った拳が悟飯を襲うが、悟飯はその拳を右腕でガードしお返しとばかりに左拳をセルのボディへ叩き込む。

 

 

「あ…ぐうっ……!!!」

 

 

 悟飯の強烈なボディへのパンチが、セルの身体をくの字へ大きく曲げる。

 だが、まだこの程度ではセルは止まらない。

 何とかボディへの痛みを堪えたセルは、苦し紛れにお返しとばかりに悟飯に攻撃を繰り出すが、それを瞬時にしゃがんで回避する悟飯。

 

 しかも、苦し紛れに繰り出された攻撃だったからか、セルの攻撃は大振りだった事もあり。

 攻撃を避けられた後のセルは無防備な状態を晒していた、今の悟飯はそんなスキを逃すほど甘くはない。

 一瞬身体でタメを作ると、その力を一気に解放するように大地を蹴る。

 

 そして、解放された力をのせた拳が的確にセルの顎を撃ち抜いた。

 撃ち抜かれたセルの身体は大きく宙へ跳ね上がるが、何とか空中で体勢を整え地面に着地する。

 しかし、セルの身体は明らかにゆらゆらと揺れており、足元がおぼつかない様だった。

 

 たった2発の攻撃だというのに、誰の目にもセルが大きなダメージを負っている事が見て取れた。

 

 

「バ…バカな……。 な…何故この私が……たった2発のパンチで、こ…これほどのダメージを……」

 

 

 セルは自身の現状に驚愕を露わにしていた。

 その後、セルは自身のプライドにかけて悟飯に全力で挑み掛かるも、全てにおいて悟飯はセルを上回った。

 そして、セル自身も悟飯の方が自身を上回っている事に気付くまでに然程時間を要しなかった。

 

 だが、強さと勝敗は、また別である……。

 追い込まれたセルは戦いを楽しむのではなく、貪欲に勝利を狙い始めたのだ。

 その為には、どんな卑怯な手も厭わなかった。

 

 セルはサイヤ人の細胞の他にフリーザの細胞をもその身に宿していた為、それを活かし悟飯もろともフルパワーのバカでかいかめはめ波で地球そのものを吹っ飛ばそうとしたのだ。

 だが、それすらも悟飯はセルをも上回るもっとでかいかめはめ波で押し返した。

 これによりセルは、肉体にもそうだが、それ以上に精神へ大きくダメージを負ったのだった。

 

 この時点で悟飯の勝利はほぼ揺るがないものとなった。

 もし、この時点で悟飯がセルにトドメをさしていれば、その後の歴史は大きく異なったのだろう。

 だが、今の悟飯は怒りに自我が制御されていた事や、セルをも上回る力を手に入れ調子に乗っていた部分もあったのだろう。

 

 その為、セルへのトドメを後回しにし、セルを苦しめる為に戦いを引き延ばす事を選択した。

 この選択を悟飯は生涯後悔する事になるのだが、今の悟飯にはそれを知る術はなかった。

 

 それからのセルは、逆上し自分を見失いながらも悟飯に挑むが、逆上した事で巨大化してまでパワーに偏った攻撃を行った事により完全にスピードが死んでしまった。

 そんな状態のセルが現在の悟飯の相手になるはずもなく、強烈な左蹴りを顔面に叩き込まれてしまう。

 それにより、ついに完全体セルが限界を超えてしまった。

 

 悟飯の度重なる攻撃により、完全体を維持できなくなったのだ。

 悟飯の攻撃により、吸収していた人造人間18号を体内から排出した事で、完全体から第2形態へ退化してしまったのだ。

 第2形態のセルではこの場に集っている戦士達では、簡単に倒せてしまう。

 

 この時点で、セルの完全なる敗北が決まったと言っても過言ではないだろう。

 

 

 だが……、本当の地獄は……ここからだった……。

 

 

 第2形態に退化したセルは、自身をこんな目にあわせた悟飯に怒りと憎しみを抱きながらも、自身の勝利が完全に潰えた事を理解していたのだ。

 その為、セルは最後の手段に打って出た。

 

 

「ぐふ〜〜〜、ぐふふ〜〜〜!! うう…うぐぐぐ……!!!

 ゆ…、ゆるさん……、許さなぁーーーーーい!!!!!」

 

 

 セルが怒りの咆哮を上げると、セルの全身からとてつもない気が放出される。

 

 

「んぬぬぬぬぬ……、ぬいいいいい……!!!! いいい……」

 

 

 気が高まるにつれ、セルの形態がどんどん変わっていくのだ。

 だが、その変化は完全体の時のような正常な形態変化ではなく、どこか危険を孕んだ変化だった。

 セルの肉体が風船の様にどんどん膨らんでいくのだ。

 

 まるで、自身の中に内包されているエネルギーを限界まで溜め込んでいっている様だった。

 セルの身体が限界まで膨れ上がった時、セルから悟飯達へ最悪な言葉が告げられる。

 

 

「ぐひっ!! ぐふふふふふ……!! き…貴様らは、も、もう終わりだ……!!

 あ…あ…あと1分でオ…オレは自爆する……。

 オ…オレも死ぬが貴様らも全部死ぬ……! ち…地球ごと全部だ……!!」

「な、なにっ!?」

 

 

 驚愕の反応を示す悟飯や悟空達。

 だが、瞬時に我に返った悟飯はセルに攻撃するべく構えを取る。

 

 

「おっと! 攻撃しない方がいい……。

 このオレに衝撃をあたえれば、その瞬間に爆発するぞ。

 もっとも、ほんのちょっと死ぬのが早くなるだけだがな……。

 はっははははーーーーっ!!! あと、1分だ!!!」

 

 

 狂気を孕んだセルの笑い声が木霊する中、悟飯は成す術もなく立ち尽くす……。

 ここに来て、先ほどの悟飯の選択が最悪の形となって、裏目に出た。

 どれだけ力を持とうと悟飯は9歳の子供なのだ。

 

 精神的にも未熟で、悟空達ほど戦いの経験があるわけでもない。

 だからこそ、悟飯は追い込まれた存在がどれほどの脅威なのかを本当の意味で理解していなかったのだ。

 後悔が悟飯を襲う中、時間は無情にも過ぎていく……。

 

 

「うへへへへへ……、あ、あと30秒だ……」

「あ……」

 

 

 セルの言葉に合わせてセルの肉体がまた少し巨大化する。

 その様子が、悟飯に如実に限界が近い事を告げていた……。

 

 

「あと20秒……」

 

 

 セルが告げる亡びへのカウントダウンに、ついに悟飯は膝から崩れ落ちる。

 

 

「く、くそ……!! ボ…ボクのせいだ……。 は…はやくトドメを刺しておけば……」

 

 

 蹲り、悔しそうに両腕を大地に叩きつけ後悔を吐露する悟飯の様に、狂気の笑みを浮かべるセル。

 

 

「あーーーっはっはっはっはっは……!!!」

 

 

 一頻り笑い声を上げたセルは、悟飯の苦しんでいる様子にこれまでの溜飲が幾ばくか下がったのか、悟飯に視線を向ける。

 

 

「あ…あと、4秒……。 こ、この勝負…引き分けに終わったが…貴様らの、く、苦しむ顔が見れて満足だ……。 ぐひひ……!!」

 

 

 いよいよ、地球の運命も残り5秒を切ってしまった。

 誰もが、このままセルの自爆に巻き込まれ死ぬのだと、死を覚悟した瞬間、それはおこった……。

 悟飯とセルの間に割り込む様に、1人の男が瞬間移動してきたのだ……。

 

 その者はこれまで、地球の危機を幾度も救ってきた正に英雄と呼ばれるべき男……。

 

 その英雄がまたしても、地球と仲間達や家族の危機を救うべく動き出した……。

 

 その英雄の名は……、孫悟空。

 

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