ドラゴンボール -地獄からの観戦者- あの世へやって来た孫悟空編 あの世一武道会編 四

 ここは、地獄。

 生前罪を犯した者達が行き着く、最終地。

 ここでは生前に犯した罪を償う為に、さまざまな悪人や罪人達が存在している。

 

 そんな場所で今日も生前の罪を償う名目で、とある一族の者達が自分達に課せられた作業をしていた。

 

 

「セリパ、これお願い!!」

「あいよー」

 

 

 ギネから渡された箱を担ぎ、目的の場所まで運ぶセリパ。

 

 

「よし、今日はいいペースで作業出来てるから予定より早く終わりそうだね……」

 

 

 ギネが周りで作業を続けている同族達を見ながら呟くと、箱を運び終えたセリパが戻って来る。

 

 

「いやー、今日はみんな凄いやる気だねぇー。 いつもこんくらいやる気がありゃいいんだけどねぇー」

「サボり常習犯のあんたが何言ってんのさ!!

 まぁ、昨日フリーザがあんな事になっちゃったからねぇ…。

 何だかんだで、みんなあいつの事はずっと不安だったんじゃない……?」

 

 

 ギネの言わんとしている事が理解できたのか、セリパも頷き口を開く。

 

 

「あいつが死んだって聞いた時は嬉しかったけど、地獄に来たって聞いた時は、いつかあたし等サイヤ人を潰しにくるって考えていたヤツも多かったみたいだからね……」

「そうだね……。 地獄の環境を考えればありえないんだけど、相手はあのフリーザだからね……、あいつならそれすらどうにかしちまいそうって無意識に考えてたヤツも多かったみたいだね……。

 現に、あいつは失敗したとは言え昨日動き出したわけだし……、フリーザっていう存在はあたし等が考えていた以上に、不安を与えていたのかもね……」

 

 

 2人はフリーザが地獄にやって来てからの、この3年間を振り返る。

 フリーザが地獄にやって来た時は、地獄中に衝撃が走った……。

 地獄にいる者達はほとんどの存在が、悪人や罪人だ。

 

 蛇の道は蛇ではないが、悪人や罪人だからこそ地獄にいる者達は一般の者達よりフリーザという存在の恐ろしさをよく理解していた。

 そして、同時にフリーザの強さも嫌という程理解していた。

 フリーザが地獄にやって来る数年前、ナメック星で悟空に敗れた時も地獄にはフリーザが敗れたという噂が流れたが、ほとんどの者は噂話として信じていない者の方が多かったくらいだ。

 

 それくらい、フリーザの不敗神話は宇宙全域で絶対的なモノとなっていた。

 だからこそ、フリーザが地獄にやって来た時は、地獄中が大いに揺れたのだ。

 

 その時の想いは、正に人それぞれだっただろう……。

 ギネ達サイヤ人みたいに、一度滅ぼされた者達はまた滅ぼされるのでは?という恐怖。

 悪の帝王に魅入られた者達は、退屈な地獄を変えてくれる存在だという期待の眼差しを。

 

 良くも悪くも、この3年間は皆、心のどこかで、フリーザという存在を意識しなかった日はなかっただろう。

 だが、そんな日々もついに昨日終わりを迎えた……。

 

 

「それにしても、昨日は色々すごかったねぇ……」

「そうだねぇ……」

 

 

 セリパのしみじみした呟きに、同意する様にギネも頷く。

 そして、2人は昨日に思いを馳せる。

 いつもと変わらない日常だったはずが、気づいた時には地獄転覆まであと一歩って事態にまでなっていた昨日を……。

 

 

 

☆ 時は昨日へと遡る……。

 

 

 

「ふぅ……、もう何年もこの作業やってるけど、全然終わる気配がないよね……」

「まったくだぜ!! 別に今更作業をさせる事に文句は言わねぇから、せめて違う事をさせろって言いたくなるな」

 

 

 ぼやくように呟いたギネに同意する様にパンブーキンが声を上げる。

 そんな2人に背後から声がかけられる。

 

 

「お前等、泣き言なんて言ってねぇでさっさと手を動かせ!

 今日はいつもより作業のペースが遅れてんだから、このまんまじゃいつまでたっても終わんねぇぞ!!」 

 

 

 ギネとパンブーキンが後ろを振り向くと、黙々と作業を続けているトーマとトテッポの姿が目に入った。

 どうやら、トーマは作業しながらギネとパンブーキンに声を掛けた様だ。

 今ギネの周りには、トーマとパンブーキン、トテッポの3人が一緒に仕事をしていた。

 

 少し離れた場所では、ラディッツやナッパも同様の作業をやっているのが見える。

 つまり、長年つるんで来たヤツ等が集まって作業しているという状況なのだが、今日はいつもと様子が違っていた。

 タイムパトロールとなって現在地獄にいないバーダックがこの場にいないのは当然として、本来いるべき者が1人いないのだ。

 

 

「ちっくしょー、セリパのヤツがサボったからオレ等にシワ寄せがきてんじゃねぇか……」

 

 

 ギネの隣のパンブーキンが、ここにいない人物の名を恨みがましく呼びながら、しぶしぶ手を動かす。

 それに同意する様に、ギネもため息をつきながら作業を再開しようとした時、ギネ達の頭上から声が降って来た。

 

 

「おーい!! 大変だーーーっ!!!」

「セリパ!! あんた仕事サボってどこいってたのさ!!!」

 

 

 突然の声にギネ達が頭上に視線を向けると、仕事をサボっていたセリパが大声を出しながら、猛スピードでギネ達に近づいて来ているのだ。

 そんな彼女に、彼女がサボったせいで仕事量が増えてイライラが溜まっていたギネが怒りの声を上げる。

 

 

「はぁ……、はぁ……、そ、それどころじゃないんだって!! フ、フリーザがついに動き出したんだ!!!」

「なっ、何だって…!?」

 

 

 息を切らせながらセリパから飛び出した言葉に、ギネが驚愕の表情を浮かべ声を上げる。

 ギネだけじゃなく、周りで働いてたサイヤ人達も同様の表情を浮かべていた。

 

 

「さ、さっき、地獄中の鬼達が同じ方向に急いで移動してたんで、気になって鬼に声をかけたら、フリーザ達が集落を襲ってるって言ってたんだ……!!」

「おいおい、流石に冗談だろ……? 地獄でそんな事をすりゃあ閻魔に消されるだけだぜ……? 流石に、フリーザの野郎もそんな事は分かってんだろ?」

「嘘じゃないって!! あたし等の集落の近くの鬼達もいなくなってるだからさ!!!」

 

 

 セリパの口から語られた追加の情報に、パンブーキンの顔に苦笑いが浮かぶ。

 それがセリパの癇に障ったのか、興奮した様に声を上げる。

 そんなセリパの意見を肯定する様な声が、パンブーキンの横から上がる。

 

 

「落ち着け2人共!! あのフリーザの事だ、無策で動いたわけじゃ無いって事も十分に考えられる……。

 いや、むしろあいつが地獄に来て3年……、今まで何もなかった方が異常だったのかもしれん……」

「ト、トーマ……、そ、それじゃあ……」

 

 

 仲間内では冷静なトーマが、セリパの言葉を肯定する様なセリフを口にしたので、顔を青くしたギネがトーマを見つめる。

 ギネだけじゃ無い。その場にいたサイヤ人達も同様の顔をしてトーマを見つめる。

 そんな同胞達に重々しく頷き、トーマは再度口を開く。

 

 

「今はまだ可能性の話だ……。 だが、オレ達はあいつが如何に狡猾なヤツか身を以て知っている……。

 あの野郎なら、閻魔の力をどうにかする方法を探し出したとしても不思議じゃねぇ。

 とにかく、今は情報が不足しているから情報が欲しい……。

 フリーザの野郎は、ナメック星でカカロットにやられて、オレ達サイヤ人にかなり恨みを持ってやがるだろうから、ここへも必ずやってくるだろう……。

 対策を打つためにも、オレは王にこの事を伝えに行く!! セリパお前も来い!!!

 他の奴らは、集落にいる全サイヤ人に声をかけて、中央広場に集めろ!! いいな!!!」

 

 

 そう言い残すと、トーマは舞空術で空へ飛び出す。

 続いてセリパが焦った様に、トーマを追うべく空へ飛び出していった。

 

 

「おいおい……、マジかよ……」

「と、とにかく、今はトーマが言った様に住民達に声をかけよう!!」

「そうだな……」

 

 

 未だ理解が追いついていないパンブーキンが呆然とした表情で呟くと、それを叱咤する様にギネがこの場にいる仲間達に聞こえる様に声を上げる。

 そんなギネの言葉に、トテッポが重々しく頷く。

 そして、それぞれが今やるべき事を成す為にサイヤ人達は空へと飛び出していった。

 

 

 

 トーマとセリパはベジータ王が住む屋敷の前に降り立つ。

 王の屋敷の前には2人の門番が立っていた。

 

 

「どうした? 王に何か用か?」

 

 

 門番の1人が2人に向かって声をかけてきた。

 

 

「王に至急伝えたい事がある……。 フリーザが動き出したっていう情報が入った」

「なっ、何だと!? フリーザだと……、本当なのか!?」

「審議は定かでは無い……。 だが、本当だったら放っておくわけにもいかん。

 だから、王に報告して情報を集める為にも偵察隊を出してもらいたくて、ここに来た」

「わ、分かった!! オレが案内する」

 

 

 トーマの言葉を聞いて、2人の門番は驚愕の表情を浮かべる。

 そして、門番の内の1人に案内されて、王の屋敷にトーマとセリパの2人が入ると、屋敷の中では王に仕える側近達が忙しなく動き回っていた…。

 その様子を見たセリパがポツリと呟く。

 

 

「なんか……、こっちも慌ただしいね……」

 

 

 セリパの言葉にトーマも無言で頷く。

 門番に案内されて、広めの部屋に入ると部屋の真ん中にあるデカイ机でベジータ王が真剣な表情で、側近達から次々渡される報告書に目を通していた。

 そんな王に門番が声を掛ける。

 

 

「失礼致します!! 王よ、この者達から至急お伝えしたい事があるとの事です!!!」

「何だっ? 今忙しいのが見てわからんのか!!!」

 

 

 門番の言葉に作業を続けながら、視線すらこちらに向けず、苛立った声で返事を返すベジータ王。

 しかし、続いて聞こえてきた言葉に動きを停止させる。

 

 

「フリーザについての報告との事でしたので、お通ししました」

 

 

 動きを止めたベジータ王の視線が報告書からトーマとセリパの2人に向く。

 

 

「それは、フリーザが奴らの本拠地近くの集落へ侵攻したという報告か……?」

「知っていたのか!?」

 

 

 ベジータ王の言葉にトーマが驚いた声を上げる。

 

 

「当然だ! 奴らがいつ攻めて来ても良い様に、フリーザの本拠地近くのいくつかの集落とは、あいつらに気付かれない様極秘に交易を結んでいたからな……。

 そこの1つから先程、フリーザ達が奴らの本拠地近くの集落を襲っていると連絡を受けた」

「へ〜、意外と仕事してんだね……。 王様も……」

 

 

 ベジータ王が普段からフリーザを警戒して対応していた事に、意外そうな声を上げるセリパ。

 

 

「フン! ヤツが地獄に来た経緯を考えれば、我々はいつ襲われるとも分からんからな……。

 打てる手は打っておく事に越した事はない。 それで、貴様らの報告は、フリーザが暴れているという事を知らせに来ただけか?」

「いや、どうやらセリパが地獄の鬼に聞いたところ、地獄の鬼達も総出で奴らの対応に当たるらしい」

「そうか……。 だが、ヤツ等では動き出したフリーザ達を止める事は出来んだろう……。

 報告によれば、フリーザや大王のコルド、ギニュー特戦隊の他に、フリーザをも上回る強力な助っ人がいるらしいからな……」

 

 

 トーマから地獄の鬼達の対応を聞いたベジータ王は、報告書からの情報と照らし合わせ、戦況を即座に分析する。

 それを聞いたトーマとセリパはフリーザをも上回る強力な助っ人の存在に、表情を青くする。

 彼等は、地獄の水晶でナメック星で繰り広げられた、超サイヤ人へと覚醒した悟空とフリーザの本気の戦いを見ていたからだ。

 

 フリーザすら異次元と言って良いほどの強さを持つのに、そのフリーザすら上回る存在とは、もはや存在の埒外だった……。

 

 

「なぁ、王よ……。 フリーザ達はここにやってくると思うか……?」

「まぁ、まず間違い無いであろう……。 フリーザは我々に恨みを持っているという事もある……が、それ以前にヤツが地獄を征服する気でいるなら、どちらにしろここへはやってくるだろう」

「だよな……」

「フリーザは使える者は生かして利用しようとするだろうが……、我々サイヤ人は恐らく皆殺しにするだろう……」

 

 

 フリーザ達が攻めてきてもまず勝ち目がない事は、ここにいる全てのサイヤ人達は分かっていた。

 いくらサイヤ人が戦闘民族で戦いが好きだからと言って、勝てない相手……しかも、負けたら存在ごと消えてしまう様な状況では流石に好戦的になる事は出来なかった。

 ベジータ王の言葉に部屋中が重い空気に包まれた、そんな時だった……。

 

 

「王!! 大変です!!! 交易を結んでいる集落から通信が届いています!!!」

「分かった。 繋げ」

 

 

 通信機のそばに座っていた、側近の1人の声が部屋中に響き渡った。

 ベジータ王が部下に指示を出すと、部屋に設置されている巨大モニターにサイヤ人とは違う人物が映し出された。

 

 

『突然の通信失礼する』

「イメッガの集落の長か……。 突然どうした……? フリーザ達に更なる動きでもあったか?」

『ああ、たった今、我が集落の偵察部隊から連絡が入ったのだが、フリーザ達がやられ、地獄の鬼達に捕らえられ牢に収監された様だ』

「なっ、なんだと!? それは本当かっ!?」

 

 

 交易を結んでいる、イメッガの長からもたらされた情報に、ベジータ王は驚愕の表情を浮かべ驚きの声を上げる。

 ベジータ王だけではない。

 その場にいた、他のサイヤ人達も同様の表情をしていた。

 

 

『本当だ……。 天国から遣わされた2名の戦士があっと言う間に奴らを制圧した。

 閻魔大王が迅速な対応をとったお陰であろうな……」

「2名の戦士だって……? たった2人であいつらを制圧したって言うのかい!?」

「お、おい!! セリパ!?」

 

 

 長から伝えられた情報に、思わずセリパが驚きの声を上げる。

 長同士の話し合いに割り込んだセリパを、慌ててトーマが止めようとセリパの口を塞ごうとするが、イメッガの長がそれを手だけで気にするなとジェスチャーする。

 そして、再び口を開く。

 

 

『そういえば、2人の内1人はサイヤ人だったと聞いている……』

「サイヤ人だと!?」

 

 

バーーーン!!!

 

 

 ベジータ王が驚きの声を上げたと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれれる。

 

 

「トーマ、セリパ!! みんなを広場に集めたよ!!!」

 

 

 勢いよく部屋に入って来たのは、仲間達と集落中の同胞を集めに行っていたギネだった。

 部屋中の視線がギネに集まる。

 

 

「あ、あれ……? みんな、どうしたの……?」

 

 

 部屋中の視線が自分に集まっている事に気付いたギネは、戸惑いの声を上げる。

 

 

「貴様はもう少し大人しく入って来れんのか!!!」

「ご、ごめんなさぁーーーい!!!」

 

 

 ベジータ王に一喝され、即座に頭を下げるギネ。

 

 

「と、ところで……、今どんな状況なんだい……?」

「そ、それが、どうやらフリーザ達は既に誰かに倒されたみたいなんだ……」

「ええっ!? 地獄にフリーザを倒せるヤツなんかいたのかい!?」

 

 

 ギネは近くにいた、セリパに声をかけるとセリパが簡単に状況を説明する。

 フリーザが倒された事に驚きの声を上げる。

 

 

「しかも、2人で奴らを制圧したらしい…」

「それについて、詳しく話を聞いている所に貴様がやってきたのだ!!」

「も、申し訳ありません……」

 

 

 セリパの言葉を捕捉する様に、トーマとベジータ王が言葉を続ける。

 そして、ベジータ王の言葉を聞いて、シュンと項垂れるギネ。

 

 

「さて、うちの者達が大変失礼した。 イメッガの長よ。 話を続けてもらえるか……?」

『はっはっは……。 聞いていたサイヤ人の印象と随分違うな、ベジータ王よ。

 たしか、フリーザ達を倒したサイヤ人についてだったな……』

 

 

 脱線した話を戻す様に、ベジータ王がイメッガの長に話しかける。

 すると、イメッガの長はたいして気にしていない様に、笑い声をあげる。

 

「フリーザを倒したサイヤ人? カカロットの事……?」

「違うよギネ……。 暴れていたフリーザ達を天国から来た2人があっと言う間に倒しちゃったんだってさ!

 それで、その内の1人があたし等と同じサイヤ人なんだってさ」

「えっ!? たった2人でフリーザ達を倒しちゃったのかい!?」

 

 

 イメッガの長の言葉にギネは、フリーザを倒した存在という事で息子の名を口に出すが、それをセリパが先に聞いた情報を伝える事で否定する。

 セリパから聞かされた内容に、先程のセリパ達同様にギネも驚愕の表情を浮かべる。

 

 

『ふむ、たしか報告では、そのサイヤ人はフリーザ達と何やら因縁がある様だったと聞いている……。

 その者が姿を現した時、フリーザがとても強い関心を示していたらしいからな……。

 たしか名前は……、ソンゴクウ……?とか言っておったか……」

「「「えっ!?」」」

 

 

 ギネ、セリパ、トーマはイメッガの長の口から飛び出したサイヤ人の名前に、驚きの表情を浮かべる。

 そんな反応を示した3人にベジータ王が声を掛ける。

 

 

「ソンゴクウ……? 聞いた事ない名だな……。 貴様達はその者の事を知っておるのか?」

「知ってるも何も、ソンゴクウってのは、ギネの下の息子の名前だ!!」

「何っ!? ギネの下の息子の名前はカカロットって名ではないのか!?」

「あいつどうやら、ガキの頃に頭を打ってサイヤ人としての記憶が無くなってやがるらしいんだ。

 それで、ソンゴクウってのは、あいつが送られた星で付けられた名前だ……」

 

 

 ベジータ王の問いにトーマが答える。

 

 

「というか、何でカカロットが天国なんかにいるのさ!? あの子まだ、20代後半ぐらいだろ?」

 

 

 天国から遣わされた戦士が、悟空だと知ってセリパが驚きの声を上げる。

 セリパの言葉に、先日地獄の水晶で悟空が死んだのを知っていたギネの表情が僅かに曇る。

 そんなギネの表情の変化を、トーマは見逃さなかった。

 

 

「ギネ……、お前まさか……、カカロットが死んでいた事を知っていたのか……?」

「な、何だって!?」

 

 

 トーマの言葉にセリパがまたしても驚きの声を上げ、ギネに視線を向ける。

 2人から向けられる視線に、ギネは無言で頷く。

 

 

「ど、どうして……、あの子は伝説の超サイヤ人だろ……? 今や宇宙最強って言ってもいい存在じゃないか……。 まさか…、病気かい……?」

 

 

 セリパの言葉にギネは静かに首を左右に振り、静かに口を開く。

 

 

「昨日、あの水晶で見ちゃったんだ……、カカロットが死ぬところをさ……。

 そして、その後にバーダックの仕事仲間に色々教えてもらったんだ……、カカロット達のことを……」

「色々って……?」

 

 

 再び口を開いたセリパの問いに、ギネは言葉を続ける。

 

 

「実は、カカロットが育った星に、とんでもない敵が現れたらしいんだ。

 そいつの強さは、超サイヤ人となったカカロットや王子以上だったらしいんだ……」

「な…「なっ、なんだとぉ!?」うわぁ!!ビックリした!!! いきなり大声出してどうしたのさ? 王」

 

 

 ギネの言葉に驚きの声を上げようとした、セリパ以上に大きな声を上げるベジータ王。

 ギネ達3人の他に、部屋中の視線がベジータ王に集まる。

 だが、ベジータ王はそんな事等気にしたそぶりも見せず、ギネに近づく。

 

 

「な、何!?」

 

 

 無言で近づいてきた、ベジータ王に若干恐怖を感じるギネ。

 そんな、ギネの言葉を無視して、ベジータ王の両手がガシッとギネの両肩を掴む。

 

 

「ギネ、王子が超サイヤ人になったというのは本当か!?」

「へ?」

「本当かと聞いている!!」

「ああ……、本当だよ……」

 

 

 有無を言わせず、問いかけるベジータ王に戸惑いながらも返事を返すギネ。

 そして、ベジータが超サイヤ人へ覚醒したと知ったベジータ王の顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「そうか……、そうか……さすが我が息子だ……」

 

 

 感慨深げに呟くベジータ王。

 だが、その感慨も長くは続かなかった……。

 

 

「だが、超サイヤ人になった王子やカカロットより強い敵が現れたって本当かよ……?」

 

 

 話を戻す様にトーマがギネに問いかける。

 

 

「うん……」

「嘘でしょ!? じゃあ、カカロットはそいつに殺されちゃったのかい……?」

「だがよ、ナメック星でのカカロットの戦いを見たが、超サイヤ人になったあいつが負けるなんて信じられねぇぞ……。

 しかも、今は王子も超サイヤ人になれるんだろ……?」

 

 

 セリパもトーマもナメック星で超サイヤ人へと覚醒した悟空の戦いを、その目で見た事があるからこそ、ギネの言葉を俄かに信じる事が出来なかった。

 

 

「我々サイヤ人の伝説”超サイヤ人”よりも強い存在など、俄かには信じられん。

 しかもそれが2人も揃っているというのに、それ以上の強さを持つ存在などいる筈がない!!

 ……と言いたいところだが、貴様の息子が死んだという事が事実なのであれば、認めたくは無いが事実なのだろう……」

 

 

 ベジータ王の言葉にセリパとトーマは口を噤む。

 そんな2人を尻目に再びベジータ王がギネに問いかける。

 

 

「だが、カカロットが死んだと言うなら、その敵との戦いはどうなったのだ……?

 まさか!? 王子も死んだというのか……!?」

 

 

 ベジータ王の問いかけに、ギネは静かに首を振り、再び口を開く。

 

 

「その敵を倒したのは、カカロットの息子……ゴハンだよ……」

「カカロットの息子って、あのチビがかい!?」

「嘘だろ!?」

 

 

 ギネから飛び出した名前に、セリパとトーマが驚愕の表情を浮かべ口を開く。

 それも仕方ない事だろう。2人の中での悟飯はナメック星での戦いで見た、幼い姿で止まっているのだから……。

 

 

「カカロットの息子が、超サイヤ人の王子とカカロットをも超える敵を倒したと言うのか? 一体どうやってだ……?」

 

 

 悟飯の存在を知らないベジータ王は、2人より幾分か冷静だった事もあり単純に頭に浮かんだ疑問を口に出した。

 

 

「ゴハンも既に超サイヤ人へと覚醒を果たしていたんだ。

 あの子は、その敵との戦いの中で、カカロットや王子にも超えられなかった超サイヤ人の壁を超え、超サイヤ人を遥かに超える力を手にしたらしいんだ……。

 そして、その強さでその敵を、あと一歩というところまで追い込んだ……」

「あと一歩……?」

 

 

 怪訝そうな表情で再度ベジータ王が問いかける。

 

 

「ゴハンに追い込まれたそいつは勝ち目がない事を悟ると、ゴハンやカカロット、王子はもちろん、星諸共自爆して全てを消し去ろうとしたんだ……」

「なっ、何さそれ!?」

 

 

 セリパが驚きの声を上げるが、ギネは言葉を続けた。

 

 

「その敵は、自分の身体を風船の様に膨らませていき、もうそいつ自体に攻撃したらいつ爆発してもおかしく無い状態だったんだ。

 もう、誰もが全てを諦めたその時、あの子だけが……カカロットだけが、その危機的状況を打開する方法を持ってたんだ……」

 

 

 静かに語り続けるギネの口調に、その場にいる者達も緊張感に包まれる。

 話の内容からして、もう自爆に巻き込まれる未来しか思い描く事は出来なかった。

 だが、そんな未来を打開する方法があるとギネは口にした。

 

 この場にいる誰も、その打開方法を思い浮かぶ事が出来なかった。

 そして、そんな皆の気持ちを代弁する様に、トーマが口を開く。

 

 

「打開する方法だと……? 一体どうやって……?」

 

 

 皆の視線が集まる中、ギネは静かに眼を閉じる。

 ギネの脳裏には、地獄の水晶で見た一部始終の光景が映し出されていた……。

 その中でも特に思い起こすのは、あの時のあの光景……。

 

 これから死ぬというのに、孫の成長を心の底から喜び、優しそうな笑顔を見せる息子の顔だった……。

 

 

「ギネ?」

 

 

 セリパの呼びかけに、はっ!とした表情を浮かべ、眼を開けるギネ。

 そんなギネに、心配そうな表情を浮かべセリパが再び口を開く。

 

 

「大丈夫かい……?」

「ああ……、うん……。 大丈夫……」

 

 

 どこか儚い笑みを浮かべ返事を返すギネ。

 そして、一息吐いた後、再び話を続けるために口を開く。

 

 

「カカロットは、瞬間移動…つまり、一瞬で遠くまで移動する技を身につけていたらしいんだ……。

 それを使って、敵が爆発する数秒前に他の星に移動したんだ……。 そして……」

 

 

 言葉を続けていたギネの口が突然止まったと思ったら、俯き身体を震わせる……。

 そんなギネの様子で、悟空がその後どうなったのか、この場にいる全ての者達が察する事が出来た……。

 部屋の中の空気が物悲しい雰囲気に包まれる……。

 

 サイヤ人は別段仲間意識が強い民族ではない。

 なぜなら、親子であろうと平気で殺しあったりするほど、戦闘を好む民族なのだ……。

 そんな、彼等からしてみれば同族の死とは、身近なモノであり日常の光景でもあった。

 

 だが、そんな彼等にも共通の想いがある……。

 いや、あったというのが正解だろうか……。

 それは、自分達サイヤ人をいい様に扱い、用済みとなったら星諸共消滅させたフリーザへの恨みだった……。

 

 本来であれば、20数年も経てばそういう感情は多少なり薄まったりするのかもしれない。

 だが、死んだ事で歳をとる事もなくなり、姿形が変わる事が無く色々な意味で止まってしまった彼等。

 そして、現在の生活が生前の罪……自分達がやって来た事を見つめなす時間が多い為か、多くのサイヤ人達がフリーザへ抱いた感情を長い期間消化する事が出来ないでいた。

 

 誰しも、叶うのであれば自分達をこんなめに合わせたフリーザに一泡吹かせたいと考えていた。

 だが、彼らがどれだけ望もうと、それが彼らの手で実現する事は無かった。

 何故なら、彼らは既に死んでいるのだから…。

 

 そんな彼らサイヤ人の宿願とも言える想いを果たしてくれたのが、僅かに生き残った同族の1人カカロットこと孫悟空だった。

 悟空の勝利は地獄にいたサイヤ人達を少なからず変えた。

 超サイヤ人という伝説を蘇らせた事もそうだが、それ以上に長年自分たちの奥深くに燻っていた感情から解き放つ切っ掛けを作ったのが悟空だったのだ。

 

 そんな自分達にとって新たな一歩を踏み出す切っ掛けを作った存在が命を落としたとなれば、心が少なからず動かされてもしょうがない事なのかもしれない。

 

 

「そうか……、あいつの育った星でそんな事があったのか……」

 

 

 最初に沈黙を破ったのはトーマだった。

 トーマに続いて口を開いたのは、セリパだ。

 

 

「あの子はやっぱり、あんたの子だね……ギネ……」

「え?」

 

 

 セリパの言葉に俯いていたギネが顔を上げる。

 両目に涙を溜め呆けた様な表情でギネがセリパに視線を向けると、困った様な笑を浮かべて再び口を開くセリパ。

 

 

「カカロットは……あんたの息子はさ、自分のガキや嫁さん……、そして仲間や育った星を守る為に死んだって事だろ……?

 そんなの、あたしや他のサイヤ人達じゃあまず無理だと思うんだ……。

 優しいあんたの血を引いてるからこそ、カカロットはそんな事が出来たんだと思うんだ……。

 そして、その結果大切な奴等や多くの人の命を救った……。

 それはきっと、とんでもなく凄い事なんだとあたしは思うよ……」

 

 

 柄にもない事を言ったからか、若干顔を赤くするセリパ。

 そんなセリパが可笑しかったからか、呆けていたギネの顔にも笑みが浮かぶ。

 

 ギネだって、分かっているのだ。

 先日トランクスの話を聞いて、息子がどんな想いで死んでいったかなんて事は……。

 だけど、想いが理解できたからといって、すぐさま悲しみが消えるわけではない……。

 

 それこそ、時間が解決してくれる問題なのだろう……。

 

 その後、イメッガの長からパイクーハンや悟空の活躍によりフリーザ達の顛末を聞かされたサイヤ人一同。

 フリーザが牢に収監された上に、今回の件で重大な罰を食らう事になり今後自由に活動する事が出来ないと聞いた時は、部屋中のサイヤ人達から歓声が上がった。

 それだけ、多くの者達がフリーザが地獄に来てから、不安な日々を過ごしていたという事なのだろう。

 

 だが、そんな不安な日々もようやく終わりを迎える事となった。

 それもこれも、悟空とパイクーハン、そして人知れず行動していたバーダックのおかげである。

 

 こうして、サイヤ人達にいつもの日常が戻って来たのであった……。

 

 

 

☆ 時は再び現在へ戻る……。

 

 

 

「そういえばさ……」

「なんだい?」

 

 

 昨日の事を思い出し、セリパは言いづらそうに口を開く。

 そんなセリパに不思議そうに首をかしげるギネ。

 ギネの視線を受け、しばらく口をもごもごさせながら言葉を探していたセリパが意を決した様に、ギネに向かって口を開く。

 

 

「あんたさ、息子に……カカロットに会う気は無いのかい……?」

 

 

 どこか遠慮を含んでいながらも、真剣な表情で問いかけるセリパ。

 そんなセリパの問いに、一瞬驚いた様な表情を浮かべるギネ。

 しかし、セリパの優しさに気付き、直ぐに優しい微笑みを浮かべ口を開く。

 

 

「ああ、その事かい……、確かに今すぐにでも会いたいけど……、残念ながら今はまだ会えないんだ……」

「それって、あの子が天国の住人だから会うのに時間がかかるって事かい?」

 

 

 ギネの言葉に首を傾げながら、セリパが再び問いかける。

 しかし、ギネは首を左右に振りそれを否定し、再び口を開く。

 

 

「今は、まだあの子に会うべき時じゃないんだ……」

「それって、どう「おおーーーい!!!」……ん?」

 

 

 ギネの言葉に妙な引っかかりを覚えたセリパが、それについて問いかけようと口を開いたそのタイミングで、大きな声が2人の会話を遮る様に響き渡った。

 ギネやセリパ、そして周りで作業していたサイヤ人達が皆、作業の手を止め、いきなり響き渡った声の方に視線を向ける。

 視線の先には、眼鏡をかけた赤鬼がサイヤ人達に近づいて来ていた。

 

 

「ん? あんたは初めて見る鬼だね……?」

 

 

 他のサイヤ人達より鬼の近くにいた、ギネが近づいて来た鬼に声をかける。

 

 

「おぉ、ちょと聞きたいんだが、ここはサイヤ人の集落であってるかオニ?」

「そうだよ」

「よかったオニ、この辺は初めてだから迷ったかと思ったオニ……」

 

 

 鬼の質問にギネが答えると、安心した様な表情を浮かべる赤鬼。

 

 

「あんた、あたし達サイヤ人に何か様なのかい?」

 

 

 赤鬼の言葉を聞いたセリパが、赤鬼に尋ねるとはっ!とした表情を浮かべ再び口を開く。

 

 

「おぉ、そうだったオニ! お前らここにギネってサイヤ人がいると思うだが、知らないオニ?」

 

 

 鬼の口から飛び出した名前に、驚きながらギネとセリパは顔を見合わせる。

 

 

「あの……、そのギネってヤツは何か悪い事でもしたのかい……?」

 

 

 なぜ目の前の鬼が自分を探しているのか分からないギネは、正体を隠したまま恐る恐る問いかける。

 すると、目の前の鬼が再び口を開く。

 

 

「いや、そう言う話は聞いていないオニ。 閻魔大王様が呼んでいるのでオレがここに来たオニ」

「閻魔大王が?」

 

 

 自分が何かをしたわけではない事が分かり、安心するギネだったが、さらに状況が分からなくなり首をかしげる。

 

 

「それで、お前達ギネってヤツの事知ってるオニ?」

「ああ……、ギネはあたしだよ」

 

 

 再度問いかけられ、これ以上は何も聞き出せそうにないと判断したギネは、自分が探している人物だという事を告げる。

 ギネの言葉を聞いた、赤鬼は驚いた表情をした後、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

「おぉ、お前がギネだったか!! なるほど、確かにあいつにどこか似てるオニ!!」

「あいつ……?」

 

 

 赤鬼の言葉に、ギネは首を傾げる?

 それは、隣にいたセリパも同じだった様で、赤鬼に問いかける。

 

 

「あいつって誰だい? 誰がギネに似てるんだい?」

「誰って、孫悟空の事オニ」

「「えっ!?」」

 

 

 鬼から飛び出した、予想外の人物の名前に驚きの声を上げるギネとセリパ。

 

 

「ソ、ソンゴクウってカカロットの事だろ!? 何で、あんたがカカロットの事をしってるのさ!?」

 

 

 再びセリパが赤鬼に問いかける。

 隣のギネも同じ事を思ったのか、首を縦にブンブン振っている。

 

 

「何年か前に、あいつが死んで界王様の元へ修行に行く時に、地獄の雲の上にある蛇の道から地獄へ落っこちて来たことがあったんだオニ。

 そん時に知り合ったんだオニ。 いやー、あの時は楽しかったオニ……」

 

 

 セリパの問いに懐かしそうな表情を浮かべる赤鬼。

 そして、はっ!と何を思い出したのか、再び口を開く。

 

 

「そういえば、まだ名乗っていたなったオニな。 オレの名前はゴズ。 よろしくだオニ」

 

 

 名乗りと共に、手を差し出したゴズ。

 そんなゴズの手をおずおずとした様子で握り返すギネ。

 

 

「孫悟空には、昨日も世話になったオニ。 あいつには、地獄の鬼達も本当に感謝しているオニ!!」

 

 

 ゴズの言葉で、ギネの表情に笑みが浮かぶ。

 息子の行で誰かに感謝されるというのは、母親としてやはり嬉しいものがあったのだ。

 

 

「さて、閻魔大王様がお前に用があるとの事なので、そろそろ行くオニ」

 

 

 ゴズの言葉に、頷くギネ。

 

 

「それじゃセリパ、ちょっと行ってくるよ!」

「ああ、行っといで!」

 

 

 セリパに挨拶をしたギネは、先に歩き出したゴズを追う様に、歩き出す。

 10m程進んだ時に、何かを思い出したのか、ふと歩みを止めセリパの方を振り返る。

 

 

「?」

 

 

 そんなギネの様子に、セリパが首を傾げると、ギネが口を開いた。

 

 

「あのさ、セリパ……。 さっきの話の続きなんだけどさ、カカロットには時が来たらバーダックと2人で会いに行くから大丈夫だよ!!

 心配してくれてありがとね!!」

 

 

 笑みを浮かべながらセリパに手を振ると、ギネは再び歩き出した。

 そして、突然のギネの言葉に、一瞬驚いた表情を浮かべたセリパだったが、すぐに安心した表情を浮かべ手を振る。

 

 自分に向けて、言葉を発した時のギネの表情が、とても嬉しそうな笑みだったのを思い出しながら……。

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