ドラゴンボール -地獄からの観戦者- 孫悟空VSバーダック編 6

「はあっ……、はあっ……、はあっ……」

 

 

 肩を大きく上下させながら、悟空は眼下に広がる巨大なクレーターに眼を向ける。

 そのクレーターの中心で、超サイヤ人が解け、静かに倒れているバーダック。

 その姿を見た瞬間、悟空は「ホッ……」とした様な表情を浮かべる。

 

 

「くっ……」

 

 

 流石に激しい闘いを繰り広げた後に、全力のかめはめ波を放ったせいで、気が完全に底を突きかけていた……。

 正直、未だに超サイヤ人2の姿を維持出来ているのが奇跡に近かった。

 だが、姿は保てていても、その光は幾分か陰って見えた……。

 

 悟空は徐々に高度を下げながら、ゆっくりと地面へ降り立つ。

 しかし、これまでの疲労が一気に吹き出し、両手を膝に当て前屈みになる。

 

 

「はあっ……、はあっ……、ヤバかった……。

 今ので決めらんなかったら、オラの方が負け……くっ!!」

 

 

 その場を即座に飛び退く悟空。

 次の瞬間、今まで悟空が立っていた場所にエネルギー弾が着弾する。

 着地した悟空は、エネルギー弾が飛んで来た方に鋭い視線を向ける……。

 

 そこにはボロボロの姿になったバーダックが、左手をこちらに向けて立っていた。

 

 

「オメェ……」

 

 

 バーダックの姿を視界に収めた悟空は、驚きの表情を浮かべ思わず言葉を発する。

 そんな悟空に、不敵な笑みを浮かべるバーダック。

 

 

「はあっ……、はあっ……、流石に……、さっきの攻撃は……、はあっ……、ヤバかったぜ……。

 つい、意識を飛ばしちまった……」

 

 

 かめはめ波によるダメージのせいか、今も息絶え絶えなバーダックだったが、その瞳からは一欠片の戦意の喪失が感じられなかった。

 そんなバーダックを唖然とした表情を浮かべる悟空。

 

 

「オレが立ち上がったのが、予想外……って、ツラしてやがるな……。

 はあっ……、はあっ……、まぁ、無理もねぇ……。

 実際さっきの攻撃で、そうなる可能性は十分にあった……。

 オレが、今こうやって立ってられのは、はあっ……、はあっ……、単純に運が良かったからだ……」

「運?」

 

 

 バーダックの言葉を聞いた悟空は、怪訝そうな表情で口を開く。

 それに頷いたバーダックは、あの刹那の出来事を思い出し口を開く。

 

 

「お前が瞬間移動で、オレの頭上に移動したタイミングくらいで、オレはようやく僅かだが眼が見える様になってきやがったんだ……。

 そして、お前が盛大に溜めた気を解放するべく、オレに両手を向け、気を解放する瞬間、オレはお前の攻撃を回避する事は無理だと判断した……。

 だから、あの瞬間一か八かでオレは自分の身体の周りに、高密度のバリアを展開した……」

「なっ!?」

 

 

 バーダックの言葉に、驚愕の表情を浮かべる悟空。

 そんな悟空に、作戦が成功しニヤリと笑みを浮かべるバーダックだったが、それをすぐに引っ込める。

 そして、「ふぅ……」と一息吐き吐くと、深刻な表情を浮かべる。

 

 

「さっきも言ったが、正直運が良かったんだ……。

 バリアを展開出来たまでは良かったが、結局そいつも一瞬で吹っ飛ばされちまった……。

 それで、さっきのあのザマだ……」

 

 

 そう言ったバーダックの言葉には、何処か自嘲の色が含まれていた。

 先程気絶した事はバーダックの中で、それ程許せる事ではなかったのだ……。

 これがもし、悟空がこれまで経験して来た様な、デカイもんがかかった闘いだったら、あの時バーダックが気絶したからといって、ここまで気を抜いただろうか?

 

 おそらく、もっと注意深くバーダックの様子を観察し、動いた瞬間対応した可能性の方が遥かに高いだろう……。

 バーダック自身もそれが分かっているのだ……。

 今こうして、自分が悟空の前に立ているのは、状況が有利に働いたに他ならないと……。

 

 ここで、眼を瞑り何かを振り切る様に「ふぅ……」と一息吐くバーダック。

 そして、再び眼を開いた時に、先程まで感じられた自嘲の色は一切消え失せていた……。

 いつしか、バーダックの粗かった呼吸も落ち着いていた……。

 

 バーダックは戦意の篭った眼で、悟空を見つめ再び口を開く。

 

 

「だが……、そいつのおかげでお前の攻撃を多少軽減出来たのも事実だ……。

 あれがなかったら、オレは今もあそこで眠ったままだったろうぜ……」

 

 

 そう言って、バーダックは先程まで自分が寝ていたクレーターを親指で指差す。

 

 

「せっかく、拾った命だ……。 悪りぃが、この借りは、きっちり返させてもらうぜっ!!!」

 

 

 その言葉を合図に、バーダックの全身から黄金色のオーラが吹き出し、一瞬で黒髪を金髪へ染め上げ、黒瞳を碧眼へと変える。

 そして、更に気を解放する。

 

 

「はぁあああああっ!!!!!」

 

 

 一気に超サイヤ人2へと姿を変えたバーダックは、スッと構える。

 構えたバーダックの表情には何処かこれまでに感じられなかった、覚悟というか凄みが宿っていた。

 それに触発されたのか、悟空は真剣な表情で無意識に構えをとっていた。

 

 だが、表情とは裏腹に内心では、この状況に危機感を抱いていた。

 

 

(ヤベェ……、さっきの事で、どうやらこいつの中で何かが変わっちまったらしい……。

 伝わって来る威圧感が、一気に増しやがった……)

 

 

 バーダックから発せられる雰囲気に、悟空のこめかみから頬へと一筋の冷たい汗が流れ落ちる。

 

 

(正直、さっきの攻撃でオラの体力も気も底をつき掛けてる……。

 闘いながら体力を回復させてぇとこだが、そんな事を許してくれる相手でもねぇしなぁ……。

 どうすっかなぁ……)

 

 

 悟空が内心でそんな事を考えていると、バーダックが悟空に向かって飛び出す。

 バーダックは、一瞬で悟空との距離を詰めると、勢いよく右腕を振り抜く……。

 

 

「オラァ!!!」

「ぐっ」

 

 

 悟空はとっさに、バーダックの拳を左腕で受ける……。

 しかし、悟空の身体は徐々にずざざざ……っと後方へ押し込まれていく。

 

 

「くっ!(こいつ……、さっきよりも攻撃力が上がってやがる……)」

 

 

 思わず表情を顰める悟空。

 体力が底を突き、身体に力が入らず踏ん張りが効かないのだ……。

 悟空の異常は、拳を放ったバーダックの方にもダイレクトに伝わった。

 

 ニヤリと笑みを深めると、更に拳に力を込めるバーダック。

 

 

「はぁあああああっ!!!!!」

「ぐっ……、ぐっ……」

 

 

 突然重くなったバーダックの拳に悟空は更に顔を顰める。

 たが、2人の均衡は長くは続かなかった。

 何故なら……。

 

 

「だらぁ!!!」

「ぐわぁ!!!」

 

 

 バーダックの拳がついに、悟空の左腕を吹っ飛ばしたからだ。

 身体が大きく仰反る悟空。

 悟空はとっさに体勢を元に戻そうとするが、眼の前には既に追撃の拳を放たんとするバーダックの姿があった。

 

 

(ヤベェ!!!)

「オラァ!!!」

 

 

 内心で悟空が声を上げたほぼ同じタイミングで、バーダックの追撃の拳が放たれる。

 その拳は悟空の右頬に容赦なく突き刺さる。

 

 

「ぐわっ!!!」

 

 

 バーダックの拳をモロに受けた悟空は後方へ勢いよく吹っ飛ぶ。

 吹っ飛ばされた悟空は身体をコントロールし、即座に体勢を立て直そうとする。

 たが、そうはならなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚きで思わず両眼を見開く悟空。

 何故なら眼の前に、たった今自分を吹っ飛ばしたバーダックの姿があったからだ。

 バーダックは悟空を殴り飛ばして直ぐに、追撃を仕掛ける為に飛び出したのだ。

 

 

「くっ!!」

 

 

 悟空は即座に防御の構えをとるべく、両腕を動かそうとする。

 だが、もう遅い……。

 反応が遅れた悟空と違い、バーダックは既に拳を解き放つ準備を終えていたからである。

 

 

「オラァ!!!」

 

 

 未だ吹っ飛んだ状態の悟空のボディに向かって、バーダックは勢いよく拳を振り下ろす。

 凄まじい威力の拳がボディへ突き刺さり、そのまま悟空を地面へ殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた悟空の身体は、信じられない速度で背中から地面へ叩きつけられる。

 

 

「がはっ!!!」

 

 

 背中から地面へ叩きつけられた悟空は、一瞬にして肺の中の空気を吐き出す。

 また、バーダックの拳の威力を物語るかの如く、悟空が地面に激突したと同時に、地面には大きなヒビが生まれ、凄まじい量の砂塵が舞い上がる。

 

 

「ぐっ……、あがっ……」

 

 

 地面に横たわった悟空は、苦痛の表情でバーダックに殴られた腹を思わず抑える。

 だが、そのまま痛みに身を任せる時間は今の悟空には無かった。

 何故なら、視界は舞い上がった砂塵のせいで最悪だったが、悟空の鋭い感覚が、自身が倒れている上空からバーダックの気が高まっているのを感知したからである。

 

 その気の高まりに、追撃を予測した悟空は即座に跳ね起きる。

 そして、悟空が起き上がったと同時に頭上から無数のエネルギー弾が降ってきた。

 その光景は、まるで光の雨の様だった……。

 

 その数の多さに、思わず顔を顰める悟空。

 

 

「くっ!」

 

 

 次々と降ってくるエネルギー弾を、素早く動きながら躱す。

 だが、やはり数が多過ぎるのか、流石に躱すのにも限界が訪れる。

 躱しきれないと判断した悟空は、即座に両手でエネルギー弾を弾き飛ばす。

 

 

「だだだだだっ!!!」

 

 

 両手を高速に動かしながら、次々とエネルギー弾を捌き、弾き飛ばす悟空。

 弾き飛ばされたエネルギー弾は凄まじい音を立てながら地面へ着弾し、爆煙と砂塵を舞い上がらせる。

 今や悟空の視界は爆煙と砂塵に覆われて、ほとんど何も見えない状況だった。

 

 だから、今の悟空は視界ではなく、ほとんど感覚によりバーダックが放った、凄まじい数のエネルギー弾を捉えていた。

 だが、そのエネルギー弾の雨がピタリと止んだ。

 視界を覆われた悟空は、バーダックの姿を捉えるべく、さらに感覚を研ぎ澄ます。

 

 だが、次の瞬間、悟空の背中を衝撃が襲う。

 

 

「があっ!!」

 

 

 背後から受けた攻撃により、吹っ飛ばされる悟空。

 攻撃を仕掛けたのは、当然バーダックだった。

 バーダックは、大量のエネルギー弾を放った後、視界が悪くなった事を利用して、気を消し悟空の背後へ近づき、そのまま蹴り飛ばしたのだ。

 

 蹴り飛ばされた悟空は、地面に激突する瞬間、両手を地面に着ける。

 そのまま倒立回転跳びの要領で身体を捻り、後ろ向きに着地する。

 そして、着地した瞬間バーダックに向かって飛び出す。

 

 バーダックとの距離を瞬時に詰めた悟空は、バーダックに向かって右拳を繰り出す。

 

 

「はあっ!!!」

 

 

 悟空が繰り出した拳を左腕で受けるバーダック。

 しかし、即座に左腕を一閃し悟空の拳を弾き飛ばす。

 そして、その勢いを利用して右拳を悟空の顔面に叩き込む。

 

 

「オラァ!!!」

「がっ!!」

 

 

 悟空の上半身が大きく仰反る。

 そんな悟空の懐にすかさず踏み込んだバーダックは、ガラ空きとなったボディに強烈なボディブローを叩き噛む。

 

 

「ぐふっ!!」

 

 

 思わず声を上げる悟空。

 倒れそうになる身体を強靭な意志で押さえつけ、何とかその場に踏み止まる、

 そして、お返しとばかりにバーダックに向かって左拳を繰り出す。

 

 

「だりゃ!!!」

 

 

 悟空の繰り出した拳がバーダックを襲う。

 しかし、即座に頭を下げ拳を回避するバーダック。

 そして、身体を起こすと同時に悟空の顎に強烈なアッパーを叩き込む。

 

 

「オラァ!!!」

「がはっ!!」

 

 

 バーダックのアッパーにより、悟空の身体が宙に浮く。

 その悟空に瞬時に近づいたバーダックは、悟空の身体に拳の連打を叩き込む。

 

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃっ!!!」

 

 

 凄まじい威力の拳が、次々と悟空に突き刺さる。

 

 

「ぐぅあああああ……っ!!!!!」

 

 

 為す術の無い悟空は、その威力に思わず大声を上げる。

 2人のサイヤ人による闘いは、大きな転換期を迎えようとしていた……。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

■Side:トランクス

 

 

「ようやく、勝負の天秤が傾き出したわね……」

「ええ……」

 

 

 水晶を見ながらオレの隣に立ってこの闘いを観てらした、時の界王神様がポツリと呟く。

 それに同意する様に、オレも首を縦にふる。

 

 

「先程の悟空さんのかめはめ波の時は、かなり焦りましたが……。

 咄嗟にバリアを張るとは、流石バーダックさんだと思います!!」

「あの一瞬でよく間に合ったわよね……」

 

 

 オレ達はこれまでの闘いを振り返る。

 そこで、ふと思い出した様に時の界王神様が口を開く。

 

 

「ねぇ、トランクス……。

 あなた、バーダック君にいつか悟空君と闘う事は教えていたのよね……。

 けど、この闘いが悟空君を超サイヤ人3へ覚醒させる事が目的だって伝えたの……?」

 

 

 時の界王神様の問いに、オレは首を横に振る。

 

 

「いえ、伝えていません。

 オレは今回バーダックさんには余計な事を気にせず、闘ってもらおうと思っていましたから……」

「それは、どうして……?」

 

 

 オレの言葉を聞いた、時の界王神様は不思議そうに首を傾げる。

 オレは、水晶から視線を外し時の界王神様と眼を合わせ、口を開く。

 

 

「今回悟空さんは、地獄に来てパイクーハンさん以来の強敵と闘う事になりました。

 この6年程地獄で修行して培った力は、この闘いを見て分かる様に相当なものです……。

 ですが、サイヤ人の力というモノは闘いの中でこそ、その真価を発揮するのモノだとオレは考えています」

 

 

 そこで一旦言葉を区切ると、オレは再び2人が闘っている様子を映し出した水晶に眼を向ける。

 

 

「オレはこの闘いで追い込まれれば追い込まれるほど、悟空さんの超サイヤ人3への覚醒が早まると予測しました。

 だからこそ、悟空さんとの闘いを大望していたバーダックさんを、悟空さんと同等以上に鍛え上げたワケです……。

 まぁ、オレが思っていた以上にこの6年で悟空さんの実力が上がっていたんで、この状況になるまでに大分時間がかかりましたけど……」

 

 

 オレは(流石悟空さんだ……)と内心で思いながら、つい苦笑いを浮かべてしまう。

 それほど、先程のかめはめ波の時は、マズいと思ったのだ……。

 実力もそうだが、あの戦略も本当に見事だった……。

 

 「ふぅ……」と一息吐いたオレは、気を取り直して再び口を開く。

 

 

「悟空さんは今、バーダックさんの攻撃によりボロボロになってはいるモノの、決定打は絶対に貰わない様に対処しています。

 これは、先程までの悟空さんには無かった動きです……。

 今、悟空さんの中では、かつて無いほど感覚が研ぎ澄まされているということでしょう……」

「つまり、超サイヤ人3へ近づいていると……?」

 

 

 時の界王神様の言葉にオレは首を縦にふる。

 

 

「そもそも、本来であれば今悟空さんは超サイヤ人2を維持出来るワケがないんです……。

 先程の、全力のかめはめ波はそれほど大量の気が込められていましたから……」

「でも、悟空君は今も超サイヤ人2の状態を維持してるわよね……?」

「ええ、だから今の状態がそもそも異常なんですよ……」

 

 

 オレの言葉を聞いた、時の界王神様は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「悟空さんはこの闘いの中で、バーダックさんのタフさが自身を遥かに凌駕している事に気が付きました。

 なので、接近戦では技術で上はいっていても、倒し切るには至らないと判断し、先程の全力のかめはめ波で勝負を決めようとしたんです。

 今のバーダックさんを倒すならば、悟空さんの全ての気を注ぎ込む必要があります」

「実際、凄まじいかめはめ波だったわよねぇ……」

 

 

 時の界王神様は先程のかめはめ波を思い出したのか、驚嘆の声を上げる。

 オレもそれに同意する様に頷く。

 

 

「しかし、あれほど凄まじい威力のかめはめ波を放ったにもかかわらず、悟空さんは超サイヤ人2の状態を維持している。

 これは、多分悟空さん自身も予想していなかった事だと思います。

 悟空さん程の人だったら、自身の気の総量を把握しているはずなのに……」

「つまり、今の悟空君は自分でも正確に自身の力を把握出来ていないという事……?」

 

 

 オレは時の界王様の言葉に頷く。

 

 

「正確に言えば、把握していないのではなく、超サイヤ人2の壁を超える段階に差し掛かった事で、自分が思っている以上の力が出てしまうのでしょう……。

 そして、今もその状態が続いている……。

 本来であれば、ガス欠状態に陥って、変身が解けてもおかしくないのに、未だ超サイヤ人2を維持して、バーダックさんと闘いを続けている。

 恐らく、本能的な部分で超サイヤ人2を解けば、一瞬でやられてしまうという事を理解しているのでしょう……。

 だから、無意識に眠っている力を引き出して、超サイヤ人2の状態を維持している……」

「なるほど……、つまり追い込まれた事で、悟空君の中で超サイヤ人2と3との境界線が曖昧になって来ているのね……」

 

 

 時の界王神様もようやく、今の状況を飲み込めたのか納得した様な表情を浮かべる。

 

 

「って事は、つまりあたし達が望んだ方向に事態は進んでいるってことよね!!」

「ええ、そうなりますね……。 ただ……」

「ただ?」

 

 

 言葉を濁らせるオレに、不思議そうな表情を浮かべる時の界王神様。

 そんな時の界王神に、オレはこれまで思っていた懸念を口する。

 

 

「超サイヤ人の壁を超えるには、1つ足りないモノがあります……」

「足りないモノ……?」

 

 

 時の界王神様は、オレの言葉を不思議そうに復唱する。

 オレはそれに頷くと、再び口を開く。

 

 

「はい……。 超サイヤ人は感情が大きく昂った時に、その真の力を解放します。

 その中でも、特に怒りの感情を切っ掛けとした解放が多いんです。

 最初にオレが超サイヤ人へ目覚めた時も、師匠である悟飯さんが殺された事で、殺した人造人間や力が無かった自分自身への怒りが切っ掛けでした。

 そして、セルとの戦いの中で超サイヤ人の壁を超えた悟飯さんも怒りを切っ掛けに、超サイヤ人2へと覚醒しました」

 

 

 「なるほど……」と小さく呟くと、手に顎を添える時の界王神様。

 

 

「つまり、あなた達が大きな壁を超える為には、何かしらの感情の初露……、特に怒りの感情が必要という事ね……」

「ええ……。 状況的には、悟空さんは超サイヤ人3へ覚醒する間際だと思っていいでしょう。

 後は、この闘いの中で悟空さんの心を大きく揺さぶられる様な出来事が起これば……」

 

 

 オレは時の界王神様に視線を向ける。

 すると、時の界王神様はオレの言葉を引き継ぐ様に、口を開く。

 

 

「超サイヤ人3への扉が開かれる……。 そういう事ね……」

 

 

 その言葉にオレは静かに首肯する。

 オレ達は2人のサイヤ人が激戦を繰り広げている水晶に、再び目を向ける。

 これから起こるすべての出来事を見逃さない為に……。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「オラァ!!!」

「ぐぅ……」

 

 

 バーダックが勢いよく振り抜いた拳で、悟空の身体が大きく後退する。

 闘いはバーダックが優位に事を進めていた。

 しかし、バーダックの表情には、喜びの感情が一切浮かんでいなかった……。

 

 

「チッ!」

 

 

 今の状況に、思わず舌打ちするバーダック。

 そして、たった今殴り飛ばした悟空に目を向ける……。

 

 

「はあっ……、はあっ……、はあっ……」

 

 

 身体中を傷だらけにし、荒い呼吸で肩を上下に大きく揺らしながらも、構えをとる。

 そんな悟空の様子に、思わず顔を顰める……。

 

 

(どういう事だ……? 何で倒れねぇ……?

 今のこいつは、どう見ても死に体だ……。

 だってぇのに、ここぞというところで攻めきれねぇ……)

 

 

 

 今の悟空を倒すには十分過ぎる程の攻撃を、既にバーダックは繰り出していた。

 しかし、どれほど激しい攻撃を繰り出そうが、悟空を地に伏せるまでには至らなかった。

 それどころか、最早勝ち目が無いと言っても良い状況にも関わらず、悟空の眼は決して勝負を諦めていなかった。

 

 悟空は真っ直ぐバーダックの眼を見つめる。

 

 

「くっ!!」

 

 

 バーダックはその悟空の視線に、思わず後ずさりそうになる……。

 状況的には誰がどう見てもバーダックの方が優勢だというのにだ……。

 何故だか分からないが、今の悟空はとてつもなく危険だとバーダックの本能が訴えているのだ。

 

 それに苛立ちを隠せないバーダック……。

 

 

「いい加減、倒れやがれっ!!!」

 

 

 バーダックは悟空に向け、勢いよく飛び出す。

 一瞬で距離を詰めたバーダックは、悟空に向け凄まじ速さで左拳を繰り出す。

 それをふら……っとよろける様に、頭を下げた悟空はギリギリ回避する。

 

 そして、拳が頭上を通過した瞬間、一歩踏み出しがらバーダックのボディに強烈なボディブローを叩き込む。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

 バーダックのボディに、今の悟空の姿からは信じられない威力のボディブローが突き刺さる。

 その威力に思わず声を上げ、くの字に身体を曲げるバーダック。

 だが、バーダックに痛みに身を任せる時間は無かった……。

 

 何故なら、目の前に悟空の左回し蹴りが迫っていたからだ……。

 

 

「ちっ!!」

 

 

 バーダックは、舌打ちと同時に後方へ跳ぶ、そして、着地と同時に再び凄まじい速さで悟空へ飛び出す。

 そして、その勢いのまま悟空へ向け強烈な右拳を繰り出す。

 そんな凄まじい拳を悟空は、右頬薄皮1枚ギリギリで躱すと同時に力強く1歩踏み込む。

 

 そして、バーダックの顔面目掛けて思いっきり右拳を振り抜く。

 

 

「だりゃあ!!!」

「がはっ!!!」

 

 

 悟空の振るった拳は強烈なカウンターとなって、バーダックの顔面に凄まじい勢いで突き刺さる。

 その拳のあまりの威力に、バーダックはふらふらと後ずさる……。

 そんなバーダックとの間合いを即座に詰めた悟空は、強烈なアッパーでバーダックの顎を殴り飛ばす。

 

 

「おりゃぁ!!!」

「ぐはっ!!!」

 

 

 アッパーによって殴り飛ばされたバーダックは、綺麗な弧を描いて地面へ背中から崩れ落ちる。

 だが、バーダックはすぐに立ち上がると、先程カウンターを喰らった鼻を左手で拭う。

 そこで、バーダックは左手に着いた、あるモノに眼を細める。

 

 バーダックの左手に、血がついていたのだ……。

 この闘いの間に、すでに何回も傷を作って血を流してはいる。

 だが、今左手に着いた血は、間違いなく先程のカウンターを喰らって流れた血だった……。

 

 

(どうなってやがる……? 体力も底を突き、身体もボロボロで今にも倒れそうなくせしやがって……。

 こいつ……、攻撃力が上がってねぇか……?)

 

 

 バーダックは、探るように鋭い視線を悟空に向ける。

 

 

「はあっ……、はあっ……、はあっ……」

 

 

 視線の先の悟空は、上下に大きく揺らし肩で息をしながらも構えの体勢をとっていた。

 その姿は、バーダックが思った通り、立っていられるのが不思議なほどボロボロで疲労困憊の様子だ。

 だが、バーダックの鋭い感覚は、悟空の異常性を即座に感知する……。

 

 それにより、バーダックの眼は更に鋭いモノへと変わる……。

 

 

(やはりか……、こいつ気が先程までよりも高まってやがる……。

 しかも、尋常じゃ無い高まり方だ……。

 まるで、今まで蓋をされていたものが開いた様な……、いや、今そいつが開こうとしている状態なのか……?)

 

 

 今の悟空は、とてつもない密度の気が、まるで幕を貼ったみたいに全身を覆っていたのだ。

 その尋常じゃ無い気の高まりに、バーダックはこめかみから頬へと一筋の冷たい汗が流れ落ちる。

 それほど、今の悟空の状態は明らかに異常だった……。

 

 更に、追い込まれた事により感覚が研ぎ澄まされ、本当に危ない攻撃はしっかり回避や防御をし、攻める時はちゃんとダメージになる様に攻撃していた……。

 先程から自分の本能が訴える、悟空の危険さの正体を理解したバーダック。

 だが、そんな事で勝負を捨てるバーダックでは無い。

 

 バーダックは「ふぅ……」と一息吐くと、思考を切り替える……。

 

 

(今のあいつは、疲労で動けねぇ分、自分の間合いに入ったら反撃する様にしてやがる……。

 正直、今のあいつと接近戦をするのは、ヤベェ……。

 1発1発が凄まじい威力な分、喰らい続けると、オレの方もただじゃ済まねぇ……)

 

 

 自分が勝利する為に、思考を巡らせるバーダック。

 それと時を同じくして、悟空もバーダック同様思考を巡らせていた。

 

 

(くっ……、身体がほとんど言う事気かねぇから、あいつが間合いに入った時を狙って攻撃して来たけど、こいつはいよいよマズイな……。

 さっきから、意識が所々で飛んじまう……)

 

 

 何とかバーダックの攻めを凌いでいた悟空だったが、いよいよ本当に後がない状況だった。

 反撃はしていても、所々は意識が飛んでいて無意識で行っているくらいには追い込まれていた。

 だが、ここまで追い込まれても悟空は勝利を諦めていなかった……。

 

 

(へへっ……。 オラの負けず嫌いも相当なモンだな……。

 別にこれで負けても、地球が無くなったり、誰かが死んじまう訳じゃねぇのによ……)

 

 

 悟空は未だ負けを認めない自分に、内心で苦笑いを浮かべる。

 

 

(それに、何だろうな……? さっきから妙に身体の奥底から力が溢れて来やがる……。

 身体はボロボロで、体力も底を突きかけてるってのによ……)

 

 

 悟空はチラッとボロボロになった、自身の身体に目を向ける。

 

 

(きっと、オラの限界はここじゃねぇんだ……。

 あいつとのギリギリの闘いで、オラの中で超サイヤ人3への扉がようやく開かれようとしてんだ……。

 だったら……、全部出し切ってねぇのに、ここで倒れる訳にはいかねぇっ!!!)

 

 

 悟空が決意を新たに、キッ!とバーダックを見つめる。

 バーダックと悟空、両者の視線が交差する。

 2人の間に、静寂の時が流れる……。

 

 しかし、その時間もすぐに終わりを告げる。

 悟空同様、決意を込めた表情を浮かべたバーダックが勢いよく上空へ飛び上がったのだ。

 そんな、バーダックに鋭い視線を向ける悟空。

 

 50m程上空で上昇を止めたバーダックは悟空に視線を向ける。

 そして、全身に力を巡らせ、一気に開放する。

 

 

「はぁあああああっーーーーーっ!!!!!」

 

 

 掛け声と共に、バーダックの全身からとてつも無い量の気が放出される。

 紫電を含んだ炎は、勢いよく燃え上がる……。

 気を全開に解放したバーダックは、静かに右手を引く。

 

 バーダックの右掌に、青白い光の塊が顕現する。

 その青白い光の塊は、散々激戦を繰り広げた後だといういうのにも関わらず、力強く輝いていた。

 そして、今尚その輝きは、バーダックの気を喰らい増していく……。

 

 上空で繰り広げられる光景を見て、悟空はバーダックの意図を察する。

 だから、それに応えるべく、悟空は両手を右腰だめに移動させる……。

 そして、これまでに何度も行って来た様に、お決まりのあの言葉を口にする……。

 

 

「かぁ……、めぇ……」

 

 

 悟空の全身から、紫電を含んだ眩いばかりの黄金の炎が吹き出す。

 そして、両手の中に全身の気を集約させた青い光の塊が顕現する。

 

 

「はぁ……、めぇ……」

 

 

 悟空が一言発する事に、青い光の塊は悟空の気を喰らい更に輝きを増していく……。

 互いに一番信頼出来る技を準備した、2人の視線が再び交わる。

 

 

(接近戦がダメとなると……、もう力で押し潰すしかねぇ……。

 正直、カカロットがこの先どうなるのか、気にならねぇワケじゃねぇが……、いい加減こっちの方も限界に近い……。

 今のあいつの気の高まり方は尋常じゃねぇが、今ならまだ押し切れるはずだ……)

(あいつは、この一撃で決めるつもりだ……。

 ここで踏ん張らねぇと、本当に負けちまう……。

 頼むぜ、オラの身体……もってくれよっ!!!)

 

 

 2人が発する凄まじい気に、地獄の大地が震え上がる……。

 そんな中、2人の男は己の中に眠る力を更に解放し、地獄を蹂躙していく。

 黄金の炎を爆発させ、眩いばかりの光を放つ、凄まじいエネルギーを内包した塊を備えた両者。

 

 互いの気が最高潮に達した瞬間、ついに闘いの終止符を打つべく2人の男達は、己の全力を解放する……。

 

 

「これで終わりだぁ!!!!!」

「波ぁーーーーーっ!!!!!」

 

 

 互いに今持てる力を全て注ぎ込んだ、エネルギーの塊を解き放つ両者。

 力を極限にまで凝縮された塊と一筋の極大の光の波が、正面からさ凄まじい轟音を轟かせぶつかる。

 

 

「だぁあああああーーーーーっ!!!!!」

「はぁあああああーーーーーっ!!!!!」

 

 

 この闘い2度目となるバーダックのライオットジャベリンと、悟空のかめはめ波の撃ち合い。

 2人は互いの持てる力を全て注ぎ込む。

 お互い言葉にしなくとも、嫌と言うほど理解しているのだ。

 

 この打ち合いを制した方が、この戦いの勝者だと言う事を……。

 1度目の打ち合いの時は、長い均衡の末、互いの力に耐えられずに暴発した。

 だが、2度目の打ち合いは1度目の時とは様子が違っていた……。

 

 

「ぐっぐぐぐぐぐ……っ」

 

 

 悟空が険しそうな表情で呻き声を上げる。

 視線の先には、徐々にかめはめ波を押し除け悟空へ迫ろうとしているライオットジャベリンの姿があった。

 その光景に、バーダックがニヤッと笑みを浮かべる。

 

 

「よし!このまま押し切ってやる!! はぁあああーーーっ!!!」

 

 

 目論み通り事が運び、気持ち的に余裕が出たのか、闘いに終止符を打つべく更に力を込めるバーダック。

 それに呼応する様に、ライオットジャベリンの進みが勢いを増す。

 

 

「ぐっ!(ヤベェ……、更に力が増しやがった……。 あいつ、まだ余力があんのかっ!?)」

 

 

 勢いが増したライオットジャベリンに悟空の表情が更に、険しくなる。

 もはや、悟空とライオットジャベリンの距離は10mを切っていた……。

 そして、今なおその距離を潰すべく突き進もうとしていた。

 

 

(くっ! まだだ……、まだ終わりじゃねぇ!! 引っ張り出せ、オラの中にある全ての力を限界まで引っ張り出せ!!!)

 

 

 悟空は自分の身体から無理やり力を引き出す……。

 

 

「がぁあああああ……」

 

 

 全身に大粒の汗と血管を浮かべながら、気を引き出しかめはめ波に注ぐ悟空。

 それに応える様に、かめはめ波の威力が増す。

 かめはめ波の威力が増した事で、ライオットジャベリンの進みが止まる。

 

 

「ん?」

 

 

 これまで順調に悟空に向かっていた、ライオットジャベリンの進みが止まった事に眉を顰めるバーダック。

 だが、その原因を即座に察知したバーダックは表情を顰める。

 

 

(チッ! カカロットの気が更に高まってやがる……。

 あいつの気は、まだ上がるってのかっ……!?

 あとチョットだってのに、本当に最後の最後まで大したヤツだぜ……、お前は……。

 だがよ……)

 

 

 内心で悟空のしぶとさに舌を巻きながらも、バーダックもライオットジャベリンに力を込める。

 

 

「オレは負けねぇ!! オレは……オレはお前に勝つ為にここにいるんだからなぁ!!!」

 

 

 この闘いに誰よりも想いを捧げて来たバーダック。

 孫悟空事カカロットを倒す為に、10年と言う月日を費やして来た……。

 だからこそ、絶対にこの闘い負けるわけにはいかなかった。

 

 その気持ちを爆発させる様に、自身が繰り出した技に力だけじゃなく気持ちも注ぎ込む。

 それに応える様に、ライオットジャベリンが再び悟空に向け進行を始める。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

 かめはめ波を通して、ライオットジャベリンから伝わって来る力が増し顔を顰める悟空。

 だが、何故だかこの攻撃にはとてつもなく強い想いが込められているのが、伝わって来た。

 しかし、今の悟空にはそれを深く考えている余裕は無かった……。

 

 何故ならライオットジャベリンと悟空との距離は、5m程まで縮まっていたからだ。

 

 

(まだだ……、まだ足りねぇ!! もっと……、もっと力を絞りだせっ!!!)

 

 

 どんどん自身に迫って来る、力を極限にまで凝縮された塊を見据えながら己を鼓舞する悟空。

 

 

(まだ……、まだ、オラには先がある筈なんだ……。 全ての力を出し切ってねぇのに負けるわけにはいかねぇ!!)

 

 

「ぐ……ぐ……ぐががが……、があああああ…………」

 

 

 もはや言葉にならない声を上げ、力を引き出し続ける悟空。

 そんな切羽詰まった状況だったからだろう……。

 悟空は自身に起き始めた異変に、まったく気付いていなかった……。

 

 2人の闘いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた……。

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