ドラゴンボール -地獄からの観戦者- 番外編 祖父との再会02

 閻魔界の門から五行山へ続く階段を、舞空術を使いひたすら下り続ける孫悟空。

 だが、なかなか終わりが訪れず、薄暗い空間を飛び続けていた。

 視界で捉えられるのは、永遠に続く階段だけなので、あまり見ていて楽しい光景ではなかった。

 

 だが、そんな時間もようやく終わりを迎えようとしていた。

 視界の先にようやく小さな光が見えてきたのだ。

 

 

「おっ、ようやく出口が見えて来たな……」

 

 

 終わりが見えた事で、スピードを上げる悟空。

 そして、程なくして悟空は全ての階段を下り終える。

 階段を下り終えた場所は、少し開けた空間になっていた。

 

 そんな空間の端に、五行門と書かれた巨大な門が立っていた。

 空中に浮いている悟空が視線を上げて、ようやくその文字を確かめる事が出来る事からも門の巨大さが分かるだろう。

 

 

「おぉ、この門懐かしいなぁ!!!」

 

 

 悟空はその門を見て、かつてチチと一緒に五行山へ訪れた時の事を思い出す。

 現在悟空が見上げている門は、正確には以前チチと訪れた時に通った門とは異なる門だ。

 かつて悟空とチチが通った門は現世側の門で、今回悟空が通る門はあの世側の門だからだ。

 

 ちなみにだが、現世側の門には現世の人間が簡単に五行山に入れない様、様々な試練が用意されているが、あの世側の門には試練は用意されていない。

 だが、意匠がまったく同じだった為、悟空が懐かしさを感じるのは仕方がない事だった。

 過去の思い出が蘇った事で、地球に残してきたチチの姿が頭に浮かび、少ししんみりした気持ちを覚える悟空。

 

 自身が下した決断を間違いだとは思わないが、それでも自身の死を知った妻が悲しんだ姿は容易に想像が出来た……。

 少し五行門の前で、地球にいる妻へ思いを馳せた悟空はゆっくりと門へ近づく。

 

 

「よっ!っと!!」

 

 

 門へ近づいた悟空は両手で、その大きな扉を押す。

 すると、ギィッ……と重々しい音を立てながらゆっくりと門が開く。

 悟空は門を潜ると、ゆっくりと地面へ降り立ち歩き出す。

 

 しばらく細い通路を歩き、そこを抜けると、そこにはとてつもない広大な空間が広がっていた。

 その中央には、大きな山が軽く入るほど巨大な炉……八卦路が鎮座していた。

 そのあまりの大きさには、過去に一度見た事がある悟空でさえも、思わず声を上げる。

 

 

「相変わらずデッケぇなぁ……」

 

 

 悟空が視線を上げると、八卦路の上の方では轟轟と真っ赤な炎が燃え盛っていた。

 そして、その更に上には巨大な鍋の底が見てとれた。

 余談だが、この巨大な鍋が立てる湯気に乗って、地球の死者達はあの世へ登っていくのだ。

 

 

(ここは変わらねぇなぁ……)

 

 

 かつて見たその姿と何一つ変わらないその様に、懐かしさを覚える悟空。

 しかし、それも束の間、ここに来た目的を思い出す。

 

 

「さて、じっちゃんは何処にいんだ……?」

 

 

 悟空は祖父・悟飯の気を探すべく自らの感覚を広げる。

 すると、悟空の鋭い感覚がここより少し離れた場所に2つの気を捉える。

 

 

「ん? こっからちょっと離れた場所に2つの気を感じる……」

 

 

 悟空がそちらに視線を向けると、目の前には八卦路の外壁しか見えなかった。

 どうやら悟空が感知した気の持ち主達は、今悟空がいる場所を八卦路の正面としたら、ちょうど真後側の更に先にいるようだ。

 

 

「よっ!」

 

 

 悟空は軽く声を上げると、舞空術で空中へ飛び出す。

 そして、あっと言う間に八卦路どころかその上にかかっている鍋をも飛び越える。

 再び地面に降りた立った悟空の目の前に、先ほど通ってきた様な通路が再び姿を表す。

 

 

「どうやら、この先にじいちゃんとアンニン様がいるみてぇだな……」

 

 

 悟空は感知した気の元へ向かう為、通路に向け足を踏み出す。

 しばらく通路を歩いていると、一面様々な花に覆われた庭園に出る。

 よくよく見ると、小さな川も流れている様で、その美しい光景に思わず悟空は驚嘆の声を上げる。

 

 

「へぇー、綺麗なトコだなぁ……!!! ちゅうか、五行山にこんなトコあったんか……」

 

 

 しばらく、その美しい光景を堪能した悟空だったが、満足したのか再び歩き出す。

 懐かしい気の元へ……。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 悟空が訪れた庭園の中央に、宮殿が立っていた。

 その宮殿は、大き過ぎず小さ過ぎずといった、落ち着いた見た目なのだがどこか威厳を感じさせる建物だった。

 そんな宮殿のすぐ側に、小さな東屋が立っていた。

 

 そこには、円形のテーブルとそれを囲う様に数脚の椅子が並んでいた。

 そんな東屋で茶を飲みながら、談笑をしている者達がいた。

 

 1人はこの五行山の主人・太上老君ことアンニンだった。

 そして、もう1人はアルバイトでこの地で働いている孫悟空の祖父・孫悟飯だ。

 既に日課といっても差し支えがないほど、長い年月この時間になるとお茶をするのが習慣となった2人。

 

 いつもの様に、2人で茶を飲みながら談笑をしていたのだが、五行山の主人であるアンニンは、先程五行山に何者かが訪れた事を感知していた。

 

 

「おや、珍しい……。 この五行山に客なんて……」

「何? 客ですとな……」

 

 

 めったに訪れる者がいないこの地へ、何者かが訪れた事に面白そうな笑みを浮かべるアンニン。

 しかし、アンニンとは対象に悟飯は少し警戒した表情を浮かべる。

 アンニンが述べた様に、この五行山へ人が訪れる事は珍しい。

 

 この地は、あの世と現世の狭間という特殊な場所という事もあり、現世の人間が訪れる為には試練を超える必要がある。

 また、あの世の人間は基本的にここへ来る事はないし、何より閻魔大王の許しが必要となる。

 その様な理由から、この地へ訪れる者は、いい意味でも悪い意味でも皆一癖も二癖もある者が多いのだ……。

 

 そして、大抵はやっかい事を抱えてやってくる。

 悟飯がこの地で働きだしてからも、数える程だがやっかい事を抱えてこの地を訪れた者達がいた。

 その主な理由は、現世の者が死者を連れ戻そうとここまで、侵入してくるのだ。

 

 大抵は試練をクリア出来ずに、その場で帰るか死ぬかするのだが、ごく稀にここまで訪れる者がいるのだ。

 だが、その者も悟飯やアンニンには勝てず、結局現世に帰されるのだ。

 その様な面倒な事が過去にあったので、面白そうな笑みを浮かべるアンニンとは違い、悟飯は警戒した表情を浮かべたのだ。

 

 しかし、最後にこの地へ訪れた者の事を思い出し、警戒した表情を浮かべていた悟飯の顔が少し柔らかいものになる。

 

 

(そういえば、最後にこの地へ訪れた者は悟空とその嫁じゃったなぁ……。

 もう、随分と時が経っておるが2人は元気にやっとるのかのぉ……)

 

 

 最後にこの土地を訪れた者は、悟飯の孫である悟空とその嫁チチだった。

 彼らがこの地を訪れたのは、八卦路の底に空いた穴から、その炎が漏れ出した事が原因だった……。

 チチの父であり悟飯の弟弟子・牛魔王が住む家がその消えない炎に包まれた為、牛魔王が焼死寸前まで追い込まれてしまったのだ。

 

 そして、その原因である八卦路の炎をどうにかする為、2人はこの地へやって来たのだ。

 あの時も、大変だったがそれ以上に、悟空と再会出来た事が悟飯にとっては嬉しかった。

 自身が残して逝った時は、まだ幼い子供だった……。

 

 正直あの世に来てからも、残して来た悟空の事を考えない日はなかった。

 しかし、再会した悟空は武道家としても立派に成長した上に、嫁まで迎えていた。

 これほど、嬉しい事はなかった。

 

 

(次に会う事が出来るのは、きっと悟空が死んでからじゃろうなぁ……。

 まだまだ先は長いが、その分土産話も多くなるじゃろうて、あの嫁と共に幸せに長生きして欲しいわい……)

 

 

 悟飯が孫に思いを馳せていると、再びアンニンの声が聞こえてきた。

 

 

「おや、どうやらお客様がおいでなさった様だよ……」

 

 

 アンニンの言葉に「はっ!」とした表情を浮かべ、現状を思い出した悟飯はアンニンが視線を向けている方に自身も視線を向ける。

 すると、1人の男がこちらにゆっくりと歩いてくる姿が目に入った。

 その男の姿に、悟飯は驚きの表情を浮かべ、アンニンは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 

「なっ!?」

「これまた、懐かしい顔じゃないか!」

 

 

 悟飯が驚きの声を上げるのも仕方ないだろう……。

 ちょうど、その者の事を思い出していたら、突然本人が現れれば、誰だって驚く。

 しかし、その姿は悟飯の記憶の中の姿と少々異なっていた。

 

 悟飯の記憶の中の男の姿は、まだどこか幼さが残る青年の姿だった。

 しかし、こちらに歩いてくる男からは、既に幼さは消えていた。

 その代わり、歳を重ねた事で様々な経験を積み重ね、更に立派な大人の姿となっていた。

 

 その姿を捉えた悟飯は、思わず無意識のうちに口が動いていた……。

 

 

「ご、悟空!!?」

 

 

 悟空の姿を見て、驚きのあまり立ち上がり悟空へ駆け寄る悟飯。

 そんな祖父の姿を見て、久しぶりに祖父と再会した喜びを表現する様に、悟空は太陽の様な笑顔を浮かべる。

 

 

「久しぶりだな、じいちゃん!!!」

「うむ、久しぶりじゃな悟空!!! 息災じゃったか……?」

「ああ、まぁな!!!」

 

 

 成長した悟空の突然の来訪に驚いた悟飯だったが、悟空の笑顔を見て大人になっても変わらんなぁ……と優しげな笑みを浮かべ口を開く。

 

 

「そうかそうか!!! それは何よりじゃ……。

 嫁さんや、武天老師様も変わりないか……?」

「ああ!! チチも亀仙人のじっちゃんも皆んな元気だ!!! あとな、オラ子供が産まれたんだぜ!!!」

 

 

 悟空の言葉をニコニコとした表情で聞いていた悟飯だったが、悟空の突然の発言に驚きの表情を浮かべる。

 

 

「何と!? 子供じゃと……、そいつは目出度い!!! 男の子か? 女の子か?」

「男の子だ! チチと話し合って、じいちゃんの名前と同じ悟飯って名付けたんだ!!!」

「何と!? ……そうか……そうか……。 ワシの名前を大切な子の名前にのぅ……」

 

 

 悟空に息子が産まれただけでも、嬉しいニュースだった悟飯。

 しかし、それ以上に悟空が大切な息子に自身の名をつけたと知り、悟飯は思わず目頭が熱くなる。

 

 

「こんなに嬉しい事はないのぅ……。 悟空、遅くなったがおめ……」

 

 

 嬉しさの涙を浮かべ悟空にお祝いを述べながら、自身より大きくなった悟空の肩に手を伸ばそうとし、視線を上げた悟飯の手と口が突如止まる。

 そして、表情を一変させる……。

 その表情は、信じられないモノを見たと言わんばかりに驚愕の色に染まっていた。

 

 中途半端な状態に伸ばされ、止まった手はブルブルと震えていた……。

 

 

「ん……? どうしたんだ……?じいちゃん……」

 

 

 突然固まった悟飯に、不思議そうに首を傾げ声をかける悟空。

 悟空の言葉を受けた悟飯は、震える手で悟空の頭にあるそれを指差し、掠れた様な声で言葉を発する。

 

 

「ご、悟空よ……。 あ、頭の、そ……それは……?」

「ん? これか……?」

 

 

 悟飯の質問の意図が掴めない悟空は、不思議そうな表情で自身の頭の上に浮かぶ輪っかを指差す。

 死者の証たる死者の輪を指さす悟空に、首をぶんぶんと何度も縦に振る悟飯。

 そんな悟飯に悟空はあっけらかんと口を開く。

 

 

「これは死者の輪だ! じいちゃんだって頭に付いてるじゃ……「こっ、このバカモンがーーーっ!!!!!」いいっ!!?」

 

 

 悟空の言葉を遮る様に、悟飯の雷の様な怒声が響き渡る。

 そのあまりの声量に、悟空は思わず驚きの声を上げる。

 悟空の目の前には、先程までの好々爺だった祖父の姿は既になく、烈火の如く怒りに燃えた祖父の姿がそこにあった。

 

 その怒りの炎は、八卦炉の炎にも負けないぐらい凄まじかった。

 

 

「何で、お前が死んでおるんじゃ!?

 しかも、まだ幼い子供や妻を残して!!!

 大体お前は……「まぁまぁ、落ち着きなさいよ……。 悟飯ちゃん」」

 

 

 初めて見る本気で怒った悟飯の姿に、タジタジとなる悟空。

 そんな悟空に助け舟を出す様に、これまで2人のやり取りを静観していた、五行山の主人・アンニンが悟飯の言葉を遮る様に口を開く。

 しかし、相当悟空が死んだ事が許せず、頭に血が上っているせいか、普段ならアンニンに対して絶対荒い態度をとらない悟飯が、この時ばかりは激しい口調で反論する。

 

 

「ですが、アンニン様!!!」

 

 

 怒りに染まった表情で自身を見つめる悟飯とは対照的に、冷めた表情を浮かべ口を開くアンニン。

 

 

「私は、悟空が自ら死ぬ様な奴とは思えない……。

 という事は、やむを得ない事情があったんじゃないのかい……?

 それとも、悟飯ちゃんは自分の孫が自ら命を経つ様な疎か者だと思っているのかい……?」

「そっ!そんな事はありませんぞっ!!!」

 

 

 何処までも冷静なアンニンの言葉に、悟飯は「はっ!」とした表情を浮かべ即座に返事を返す。

 悟飯の答えに納得した表情を浮かべたアンニンは、優しげな笑みを浮かべる。

 

 

「だったら、まずは落ち着いて、悟空の話を聞いてやろうよ……。

 気持ちは分かるけどさ……」

「はい……。 醜態を晒してしまい申し訳ありません、アンニン様……。

 悟空もすまんかったな……」

 

 

 アンニンの言葉で冷静を取り戻した悟飯は、自分を収めてくれたアンニンと、訳も聞かず怒声を浴びせた悟空に深々と頭を下げる。

 そんな、祖父の姿に悟空は少し困った様な笑みを浮かべ口を開く。

 

 

「いいって、オラ気にしてねぇから……。

 それに、オラが死んだ事が悲しいから、そんなに怒ってくれたんだろ……?

 だったら、尚更怒れねぇよ……」

 

 

 悟空の言葉を受け、悟飯は少し照れた様な困った笑みを浮かべる。

 そんな、祖父と孫の様子に優しげな笑みを向ける五行山の主人。

 しかし、いつまでもこんな場所で立ち話もどうかと思ったアンニンが、2人へ呼びかける。

 

 

「さて、こんな所で立ち話も何だから、一旦場所を移そうじゃないか!

 久しぶりのお客だ、美味い茶と菓子ぐらい出してあげるよ」

 

 

 そう言って東屋へ歩きだしたアンニン。

 その後を追う様に、久しぶりに再会した祖父と孫は歩き出すのだった。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 東屋に移動した3人は、アンニンと悟飯が用意したお茶とお菓子を一通り楽しんだ。

 少し場が落ち着いたところで、アンニンが軽い口調で悟空へ向け口を開く。

 

 

「それで悟空、お前どうして死んでしまったんだい……? 病にでもかかったのかい……?」

 

 

 八卦路の火を絶やさない為に、数万年この五行山で八卦路を見守り続けて来たアンニンは、それだけ多くの魂……人を見て来た。

 そんなアンニンから見ても、今の悟空が自身や悟飯が遠く及ばない程の力を持っている事に気が付いてた。

 それ故に、悟空が誰かに殺されるというビジョンがアンニンには想像出来なかった。

 

 だから、若くして死んでしまった悟空の死因を病と予想したのだった。

 しかし、その予想は大きく異なっていた。

 

 

「いや、実はな……」

 

 

 アンニンに話を振られた悟空は、その台詞を皮切りに自身が何故死ぬ事になったのか2人に語って聞かせた。

 

 地球を襲った未曾有の危機……。

 レッドリボン軍の残党、ドクターゲロが生み出した最強の人造人間セルとの激戦……。

 その過程で自身が命を落とした事を……。

 

 

「……てな訳で、オラは自爆しようとしたセル共々、他の場所に瞬間移動して、その爆発に巻き込まれて死んじまったんだ……」

 

 

 自身の生前最後の戦いを語り終えた悟空は、一息つくためにお茶を口にふくむ。

 悟空の話を聴き終えたアンニンは、語られた戦いの凄まじさに神妙な表情を浮かべ口を開く。

 

 

「なるほどねぇ……。 現世ではそんな事が起きていたわけかい……」

「ああ……」

 

 

 五行山はあの世と現世の狭間という特殊な場所にある為、正確には現世に存在するわけではない。

 それ故、この地にいるアンニンや悟飯は基本的に現世の事には疎い。

 いや、正確には興味がないのだ……。

 

 数万年規模で存在しているアンニンからしてみれば、現世の移り変わりなど些細な事でしかないのだ。

 しかし、そんなアンニンでも流石に地球崩壊規模の戦闘が行われたというのは、見過ごせない。

 地球……現世が崩壊してしまえば、五行山にも多大な影響が出ただろう。

 

 しかし、それを目の前にいる男とその息子や仲間たちが命懸けで解決してくれた。

 アンニンはその事に、感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

 

「正に、悟空は地球を救った英雄ってわけか……。 ん?」

 

 

 悟空と話していたアンニンが悟空から視線を外した瞬間、何かに気づき少し驚いた様な表情を浮かべる。

 それに気づいた悟空は、アンニンが視線を向けた方に自身も視線を向ける。

 そして、アンニン以上に驚きの表情を浮かべ思わず声を上げる。

 

 

「えっ!? じっ、じいちゃん! どうしたんだ!? 腹でも痛ぇんか!?」

 

 

 2人の視線の先では、これまで静かに悟空達の話を聞いていた悟飯の姿があった。

 問題なのは、その悟飯が俯き震えながら静かに涙を流していた事だった。

 悟空に声をかけられた悟飯は、涙を流しながら口を開く。

 

 

「悔しくてのぉ……。

 本当だったら、お前はまだ息子や嫁と楽しく生きれたはずなのに……。

 その大切な時間を、悪党のせいで失われたと思うと……」

 

 

 心の底から悔しさを滲ませ、悟空の失われた時間に涙する悟飯。

 悟飯は俯いていた顔を上げ、悟空の目をしっかりと見つめ、とても優しげな笑みを浮かべる。

 

 

「悟空よ……。 お前が死んだ事は残念だが、よく息子や嫁、そして仲間達や地球を守ってくれた……。

 よく頑張ったな……。 お前はワシの誇りじゃ!!!」

「じいちゃん……」

 

 

 祖父からの労いの言葉に、悟空は胸に温かい気持ちと同時に、少し申し訳ない気持ちを抱いた。

 セルと戦ったのは、地球を守る為という想いは確かにあった。

 セルとまともに戦えるのは、地球では自分達しかいなかったからだ。

 

 だが、何よりも自身が強い強敵と戦いたかったという理由が1番だった。

 例え、自分の実力ではセルに勝てないとしても、1年間鍛えた力がどこまでセルに通じるのか実際に戦って試してみたかった。

 悟空がセルと戦ったのは、突き詰めれば強い相手と戦いたいというサイヤ人の本能に従った結果だった。

 

 だから、悟空は自分がセルとの戦いで死んだ時、あまり悲しいと思わなかった。

 強敵とも思いっきり戦えたし、何より息子の悟飯が見せてくれた成長の嬉しさがその悲しさを上回ったのだ。

 だからこそ、セルとの戦いが終わった後、自身の結末含め納得していた。

 

 それ故に、仲間達が生き返らせてくれようとしてくれた時も、簡単に死を選ぶ事ができた。

 だが、こうして自分の死に対して涙を流し、労ってくれる存在が、今、目の前に確かに存在する。

 この五行山へ訪れた際、チチの事を思い出した時もそうだが、自分の為に涙を流してくれる存在が孫悟空には確かに存在するのだ……。

 

 

(オラは、死んだ事を後悔しちゃいねぇけど、簡単に死を受け入れすぎちまったのかもしんねぇなぁ……)

 

 

 この時になって、悟空はあの世に来て初めて、自身の死が周りの人達に及ぼす影響を考えるのだった……。

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