ドラゴンボール -地獄からの観戦者- サイヤ人の悪魔編 5
■Side:ギネ
「ふーっ、結構遠くまで来たなぁ……」
あたしの名前はギネ。戦闘民族サイヤ人さ。
今から数十年前、宇宙の帝王フリーザに母星である惑星ベジータを破壊され、そのまま死んじまって、今じゃ立派な地獄の住人さ。
まぁ、あたし自身は他のサイヤ人達と違って、戦闘欲求があまりなかったせいか、生前特に悪い事はしてなかったから、本当は天国行きだったらしいんだ。
だけど、旦那のバーダックやセリパ、トーマ達といった仲間達が全員地獄行きって聞いて、あたしも地獄に行くことを選んだんだ。
地獄ってだけあって、ここでの暮らしは最初はしんどかったけど、みんなで頑張ったおかげで今は大分快適に暮らせるようになって来た。
いつもは、生前の罪を償う為の刑罰や、サイヤ人の集落で育ててる野菜の世話をしているんだ。
だけど、今日は久しぶりに1日休みだから、暇だし集落を飛び出し自由気ままに散歩してるんだ。
久しぶりの休みだった事もあり、調子に乗って集落から随分離れた土地まで来てしまった。
あたしは荒野の一番高い岩場に降り立つと、休憩がてらその場に腰を下ろす。
休憩しているあたしの脳裏に浮かぶのはウチの男連中の事だった……。
ふと、眼下に広がる景色に目を向けると、その光景はどこかあの時のあの場所に似ていた。
「そういえば、あの2人が闘ったのもこんな荒野だったけ……。
バーダックとカカロットがやりあってから、あと1月位で1年になるのか……」
ポツリと呟いたあたしの脳裏に浮かぶのは傷だらけになりながらも、楽しそうな笑みを浮かべながら拳を交える2人の戦闘馬鹿の姿だった。
まぁ、ウチの旦那と息子なんだけど……。
とにかくすごい闘いだった……。
あれから、ウチの男連中はどこか変わった様に思う。
バーダックは次こそカカロットに勝つために、口にこそ出さないがこれまで以上にトレーニングに励んでいる様に思う。
と言っても、普段はタイムパトロールの仕事で家を空けている事が多いから、あんまり会えなんだどさ。
少し前まではちょくちょく帰ってきてたんだけど、最近また忙しくなって来たのか、ここ最近はあまり帰ってこないんだよね……。
けど、会うたびに前よりなんだか強さが増している気がするんだよね……。
きっと、カカロットに負けたのが本当に悔しかったんだね……。
でも、何ていうのかな……、嫌な感じがしないんだよね……。
あの闘いでカカロットが新しく目覚めた力……”超サイヤ人3”というサイヤ人の新たな可能性と直に手合わせできたからかな?
今は、その領域に自分も至り、次こそはカカロットに勝つという目標を掲げ、その目標を達成するために楽しそうに日々を送っている様に見えるんだよね。
実際カカロットと闘った後から、バーダックはいい顔をする事が増えたように思う。
あいつとはもう随分長い事一緒に過ごしてきたけど、バーダックがこんなに楽しそうに日々を過ごしているのを見るのは初めてだった。
人ってヤツはいくつになっても、成長できるんだね……。
「バーダックは生きてた時より、死んでからの方が人生を謳歌してるかもしれないね。
それにしても、成長かぁ……。
成長という意味で、あの闘いで、1番変わったのはあの子かもしれないねぇ……」
そう口にしたあたしの脳裏に浮かび上がったのは、ウチの長男坊の姿だった。
あの子とは、幼い頃に死に分かれた事もあって、地獄で再会した当初あたしやバーダックと何処か距離感を掴みかねていた様に思う。
まぁ、あたしは自分からラディッツにどんどん話しかけていったから、比較的短い時間で距離を縮められたけど、バーダックとはなかなか距離がつめられた感じはしなかったんだよね……。
2人共あんまり自分から積極的に口を開く方じゃ無いから、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ。
この辺はやっぱり親子なんだなぁ……って思うよね。
なんて言うのかな、必要最低限の会話しかしない?みたいな感じだし……。
でも、そんな2人の関係が改善され始めたのは、あの闘いのすぐ後だった。
なんと、ラディッツからバーダックに積極的に話しかける事が増えたのだ。
「あれには、本当にビックリしたなぁ……」
話の内容は、バーダックがどうやって強くなったかだった……。
最初は、若干戸惑っていたバーダックだったけど、ラディッツの真剣さが伝わったのか、結構真面目に受け答えしてる姿は新鮮だったなぁ。
しかも、言葉だけじゃ伝えられないと思ったのか、自分からラディッツをトレーニングに誘って手解きした時なんて、明日は槍でも降るんじゃ無いかと、割と真面目に思ったほど、あたしの中では衝撃だったね。
しかも、トレーニングから帰って来た時のバーダックは、口ではラディッツの事を弱いとか根性が無いとか色々言ってたけど、何処か楽しそうに笑みを浮かべていたのをあたしは見逃さなかった。
きっと、本人に言ったところで否定されるんだろうけど、バーダック自身ラディッツが強くなろうとしている事が嬉しかったんだろうね。
それからも、ラディッツはバーダックが地獄に帰ってくる度に、トレーニングを申し込みにやってくる。
その申し込みに面倒そうな表情を隠しもせず文句を言うんだけど、何だかんだ言って結局毎回付き合ってあげるあたり、バーダックも結構楽しんでるんじゃ無いかな。
そういえば、ラディッツと一緒にナッパのヤツも一緒にトレーニングを申し込みにやってくる様になったけど、あいつも一緒にトレーニングをしてるのかな?
ここ半年程、2人で集落を抜ける事が増えた様だけど、2人揃って何処かでトレーニングでもやってるのかな?
それにしても、あのラディッツが強くなる為とはいえ、素直に人に頼ったり周りの目を気にせずトレーニングする様になったのは、正直予想外だったなぁ……。
あの子って、王子や中級戦士のナッパと共にいた時間が長かったからか、やたらプライドだけは高くなってたからなぁ……。
そんなあの子の価値観を変えるぐらい、バーダックとカカロットの闘いはラディッツにとって大きなものだったんだろうね……。
まぁ、単純に父親と弟に負けたく無いってシンプルな理由なのかもしれないけど、この変化はあたしにとっては嬉しい変化だね。
実際あの子がどれくらい強くなるのか、あたしには分からないけど、あの子の負けず嫌いっぷりは子供の頃からよく知ってる。
きっと、あの子もそう遠く無い未来、バーダックやカカロットに負けないくらい強くなるんだろう。
そうなる様にあたしは思っている。
ちょっと、親バカが過ぎるかな……?
まぁ、とにかくバーダックにしろラディッツにしろ、ウチの男共は今日も何処かで自分が強くなる為に汗を流しているんだろう……。
そんな事を考えると、その2人に火をつけたウチの次男坊の姿が思い浮かぶ。
「父ちゃんと兄ちゃんは頑張ってるよ。 あんたはどうなんだい……? カカロット……」
1年ほど前にようやく再会出来た、ウチの次男坊。
あの子がまだ赤ん坊だった時に別れて以来の再会だったから、また会えて言葉を交わせて本当に嬉しかった。
昔バーダックがいきなりカカロットを地球へ送るっていい出した時は、あいつの正気を疑ったけど、今にして思えばあの時のあいつの判断は英断だったと思う。
でないと、カカロットもあたし等と一緒に死んでたわけだしね。
それにしても、生まれてすぐの戦闘力測定で僅か2しかなかった子が伝説の”超サイヤ人”に目覚めて、あの憎き宇宙の帝王フリーザを倒すなんてねぇ……。
あたしも実際にその戦いを見てたけど、いまでも信じらんないや……。
しかも、いつのまにか子供まで出来てるし……。
あたし、知らないうちにお婆ちゃんになってるし……。
でも、それだけ多くの出来事や出会い、力を得る為の努力をあの子が積んできたって事だよね……。
あの子を直に見て、言葉を交わして改めて思った事だけど、きっとあの子の周りにはいい仲間達が集まっているのだろう。
そんな仲間達に囲まれて育ったから、あの子はあんなに輝かしい笑顔を浮かべられるのだと思う。
正直、あの子の成長を間近で見られなかったのは、今でも心残りだ。
けど、あの子がこれまで歩んできた道に自ら誇りを持っている事が知れた事は本当に幸いだった。
その中で培って来た、あの子の強さや在り方がサイヤ人の常識を覆し、バーダックやラディッツ、ナッパそしてベジータ王子を変えたんだろうね……。
本当に我が息子ながら不思議な子だよ、あんたは……。
きっと、あんたもバーダック達に負けずに天国で己を磨いているのだろう……。
そうだろう……? カカロット……。
「さて、そろそろ戻ろうかな……」
何気なく視線を空に向けると、空が少し暗くなっている事に気がつく。
地獄の空には、太陽は無い。
なので、夜が近づくとどんどん空の色が暗くなってくるのだ。
休憩し始めた時に比べると、大分暗くなっている。
どうやら随分長い事ここで時間を潰してしまった様だ。
そろそろ、集落へ戻るべくあたしは立ち上がる……。
「さて、今日の晩ご飯は何にし……」
ーードサッ!!!
あたしが呑気に今日の晩ご飯の事を考えていると、あたしの背後から突如物音が聞こえて来た。
「ん?」
音が気になったあたしは、そちらに目を向ける……。
すると、あたしがいる岩場から少し離れた所に、うつ伏せで倒れている者の姿があった。
その姿を見た瞬間、あたしは勢いよく岩場から飛び出し、倒れている者の元へ近づく。
「うわっ!! 何……これ……」
あたしは倒れている者の姿を見て、思わず顔を顰め驚きの声を上げる……。
倒れていたのは上半身裸の細身の男だった。
だが、問題なのは男の全身がズタズタの傷だらけだった事だ……。
あたしもサイヤ人だから、大怪我をした奴らはたくさん見て来た。
だが、そんなあたしから見ても、今目の前で倒れている男の怪我の具合は尋常じゃ無かった。
全身から血を流し、傷を負っていない箇所を探すのが難しいほど、男の肉体には切り傷や打撲跡等が刻まれていた。
あまりの怪我の具合に、身体に触るのも躊躇われるので、とりあえずあたしは倒れている男に声をかける事にした。
「あ、あんた、大丈夫かい……?」
「……」
あたしが声をかけても、男はピクリとも動かなかった。
正直、息をしているのかも疑問に思うほど男は身動き一つしない。
ここが地獄である以上、目の前の男も死んでいるんだろうけど、ここまで酷い傷を負っていたら、仮の死を迎えていても可笑しく無い。
この地獄では、本来死ぬ事はない。
何故なら閻魔大王の権能によって、2度目の死……つまり存在の喪失が起きない様になっているからだ。
あの世で仮に死んでしまう程のダメージを受けると、仮の死を迎え閻魔大王の元へ強制召喚される。
その後、殺人を犯した者が捕らえられ、罰せられる。
地獄で2度目の死が起きる時は、閻魔大王が何かしらの要因で力を封じられている時か、何かしらの理由で肉体を与えられ現世などで死を迎えた時だけだ。
今のこの男の状態だと、仮の死としていつ閻魔大王の元へ召喚されてもおかしく無いほどだった。
あたしは、男の口元に手をかざす。
すると、あたしの手に軽くだが生暖かい風が当たる。
どうやら、目の前の男はこんな状態にも関わらず、しぶとくも生き延び、仮の死から争っている様だ。
あたしは、改めて倒れている男に目を向ける。
漆黒の様な黒髪に、筋肉質の上半身……腰に尾は生えていないが、同族だからこそ感じられるシンパシーで、あたしはこの男がサイヤ人である事を即座に看破する。
とりあえず、こんなところでほっとく訳にもいかないから、あたしは意を決して男の身体に触れる。
「ぐっ、がぁ!!!」
あたしが身体に触れた瞬間、男から痛みのせいか大きな声が上がりあたしはとっさに手を引いてしまう。
まさか、触れただけでこの反応とは、どうやらこの男の怪我は自分が思った状態より、もっと酷いのかもしれない……。
「ど、どうしよう……。 このままじゃ、この人運べない……」
あたしはこの状態に途方に暮れていると、ふと視界の端に持って来ていた鞄が目に入る。
「あっ! もしかして、あれなら……」
あたしは、急いで鞄を引き寄せると中から小瓶を2つ取り出す。
「頼むから少しは効いておくれよ……」
そう呟きながら、あたしは小瓶の中の液体を、とりあえず1本分男に向かって振りかける……。
「うっ……」
液体を振りかけられた男は、液体が身体にかかった事が気持ち悪かったのか、液体が身体に及ぼした効果によってか呻き声を上げる。
しかし、あたしが振りかけた液体は見事あたしの期待に応えてくれた様だった。
何故なら、先程までに比べると幾分か男の身体から傷が消えていたからだ。
「ふぅ、どうやらちゃんと効いてくれたみたいだね……。
まぁ、あれだけの大怪我だから、見た目がマシになったからと言って安心は出来ないんだけど……」
ちなみに、あたしが男に振りかけた液体とはメディカルマシーンで使用される治療液だった。
現在のサイヤ人の集落ではメディカルマシーンは滅多に使う事が出来ない。
けど、日常生活を送っていれば多少は怪我を負うこともある。
その様な時のために、傷薬として小さい瓶で販売されているのだ。
最近、バーダックとラディッツが一緒にトレーニングを積んだりする事も増えたので、家の治療液が以前に比べて消費が早くなった。
だから、朝のうちに買い足しておいたんだ。
まぁ、量が量だから完全に治療するのは無理だけど、表面だけでも直す程度は出来るんだよね。
「さてと……、次は反対側だね……」
あたしは、うつ伏せになっている男の身体に再び触れる……。
だが、先ほどとは違い今度は男から声が上がる事は無かった……。
「よっと……」
あたしは両手で、うつ伏せだった男の身体を仰向けにする。
「うわっ、やっぱこっちの方も酷い傷……」
背中側は治療液のおかげで大分マシになったが、治療液がかかっていないお腹側は未だ酷い傷が残っていた……。
特に目を引くのは、お腹から胸にかけて残る一筋の傷だった……。
他の傷とは違い、深々と男の身体を抉る様に付けられた、明らかに戦いによって刻まれた傷。
あたしはまるで引き寄せられる様に、その傷へ無意識に手を伸ばしていた……。
「ぐっ!!!」
あたしが傷へ触れた瞬間、再び男から苦悶の声が上がる。
その声にあたしはビクッ!!と身体を震わせ、とっさに傷から手を引く。
そして、ゆっくりと声を発したであろう男の顔に視線を向ける。
視線の先の男は、眉間にシワを寄せながらも未だ眠り続けていた。
どうやら、起きているわけでは無い様だ……。
その事に、あたしはホッ……と胸を撫で下ろす。
そして、改めて男の顔に視線を向ける。
顔だけ見ると、大人しそうな上に、何処か幼さが残る様な印象を受ける。
正直、顔だけでは男の年齢を察する事は出来なかった。
まぁ、あたし等サイヤ人は他の種族より、若い期間が長いから見た目以上に年齢がいっているヤツはざらにいる。
にしても、顔だけ見れば、とても今みたいな酷い傷跡が残るほどの激闘を行える様な人間には見えない……。
だが、あたしはそこで自身の考えを改める……。
何故なら目の前で眠っている男はサイヤ人なのだ……。
そう考えれば、闘いでどれだけ酷い傷を負っていても別に不思議では無い。
そう考えて、あたしは一旦思考を打ち切り、もう1本の治療液が入った瓶に手を伸ばす。
「さて、こっち側も……」
そう言って、あたしは2本目の治療液を男の身体に振りかける。
すると、みるみる表面の傷が塞がっていく。
まだ、大分傷は残っているが、最初に比べると大分マシになった。
あたしは再び男の顔に視線を向けると、男の方も多少傷が癒えた事で楽になったのか眉間のシワが幾分が和らいだ様に見える。
この様子なら、男を移動させられそうだと判断したあたしは、空き瓶を鞄にしまい、鞄を肩にかける。
そして、男に近づくとそのデカイ身体を背中に背負う。
「誰だか知らないけど、もうちょっと頑張りなよ……」
そう背中の男に一言かけて、あたしは空へと飛び出す。
だけど、その時あたしは気付いていなかった……。
背中に背負った男があたしが声を欠けた瞬間、僅かに目を開けた事を……。