ドラゴンボール -地獄からの観戦者- Story of Bardock Episode-04

 トランクスが初めてバーダックを知った時の印象はあまり良いモノではなかった。

 自分が世話になった孫悟空と同じ顔をしていながら、性格はまったくの正反対で朗らかな悟空に対し、バーダックは何処か荒々しいところが目に付いたのだ。

 しかも、最初はお互いに素性を知らないままだった。

 

 バーダックより先に、タイムパトロールになっていたトランクスは新人がサイヤ人である事くらいしか、聞かされていなかった。

 なので、バーダックが孫悟空の父であり、自分の師匠である孫悟飯の祖父である事を知ったのは、バーダックがタイムパトロールになって半年ほど経ってからだった。

 タイムパトロールになった当時のバーダックは、戦闘力たったの1万程度だったのでトランクスほど大きな案件は任されていなかったので、任務で一緒になることも少なかった。

 

 だが、ある日別々にそれぞれ違う犯罪者を追っていた、バーダックとトランクスが現場で鉢合わせしてしまったのだ。

 そして、戦闘になりトランクスはバーダックの目の前で”超サイヤ人”に変身し、自身とバーダックが追っていた犯罪者を纏めて一瞬で倒した。

 戦闘が終わり、超サイヤ人を解除したトランクスがバーダックに視線を向けると、そこには信じられないモノを見たと言わんばかりの驚愕した表情を浮かべたバーダックの姿がそこにはあった。

 

 最初は自身の標的まで、自分が倒した事に驚いているのか?と考えたが、それにしては様子がおかしいので、トランクスは声を掛けてみることにした。

 

 

「どうか……しました?」

 

 

 トランクスに声を掛けられた事で、はっとした表情を一瞬浮かべた後、何かを考える様な表情を浮かべたバーダックは意を決した様に口を開いた。

 

 

「テメェ……、さっきのは、超サイヤ人……か……?」

「えっ?ええ……そう……ですけど……」

 

 

 バーダックの雰囲気に、若干気圧されたトランクスはどもりながら返事を返す。

 しかし、次にバーダックが発した言葉はとても聞き逃せるものではなかった。

 

 

「まさか、カカロットのヤツ以外にも超サイヤ人になれるヤツがいるとはな……」

「えっ!?」

「ん?どうかしたか……?」

 

 

 驚きの声を上げたトランクスに、不思議そうな表情を浮かべながら、声をかけるバーダック。

 しかし、次のトランクスの発言で今度はバーダックが驚くことになる。

 

 

「今……カカロットって、言いましたよね?

 えっと、バーダック……さん?でしたよね……?

 カカロット……、孫悟空さんのことご存知なんですか?」

「ーーーー!?……お前、カカロットの知り合いか?」

「はいっ!昔、とてもお世話になったんです。

 今のオレの強さがあるのも、悟空さんや息子の悟飯さん、そしてその仲間達のおかげなんです……」

 

 

 どこか懐かしそうに、息子や孫の話をするトランクスに不思議な感覚を覚えたバーダックだった。

 

 

「あの……、バーダックさんは悟空さんと、どういうお知り合いなんですか……?」

 

 

 何処か問いかけに遠慮が混じっていたのは、バーダックが悟空と過去に敵対していた可能性を考えたからだろう。

 サイヤ人というのは、気に入らない存在であれば親でも殺すと言われているほど、戦闘が身近な民族なのだ。

 同族だからと言って、全員が皆仲間で仲良しというわけではないのだ……。

 

 むしろ、サイヤ人は同族とも積極的に戦いを行う民族と言っても過言でないのだ……。

 だからこそ、目の前の小僧は自分に遠慮がちに聞いたのだろう。 と、バーダックは判断した。

 

 その気になれば自分等歯牙にも掛けない程の戦闘力を持っているのだから、遠慮なく聞けば良いものを……と、そのサイヤ人らしからぬ所に、何処か地球で育った息子を思い出したバーダックは自然と口を開いていた。

 

 

「オレは……、カカロットの親父だ……」

「悟空さんの……、父親……!?」

 

 

 バーダックの言葉に驚愕の表情を浮かべるトランクス。

 

 

「父さんから、下級戦士と呼ばれる人達は顔のタイプが少ないと聞いていたので、てっきり悟空さんと同じ顔をしているサイヤ人だと思ってました……。

 まさか、悟空さんの父親だったなんて……。

 あっ、すいません……。下級戦士と言われて、あまりいい気分はしませんよね……」

 

 

 自分が失言していた事に、気付いたトランクスはバーダックに向け頭を下げる。

 だが、バーダックはそんなトランクスの行動を制する。

 

 

「気にするな。オレが下級戦士なのは事実だし、何よりテメェより弱え……。

 テメェもサイヤ人なら強者が、弱者にそう簡単に頭を下げるんじゃねぇ……。

 それに、テメェは下級戦士だから=弱いって訳じゃねぇって事を、身を以て知ってんだろ?」

 

 

 バーダックの言葉を聞いた、トランクスは勢いよく頭をあげる。

 

 

「はいっ!悟空さんはオレが知っている中でも、最高の戦士の1人です……!!!」

 

 

 自身の目を真っ直ぐに見据え、ハッキリと言葉を紡いだトランクスに満足そうな笑みを浮かべるバーダック。

 そこで、改めて目の前のトランクスを見て、そのサイヤ人らしからぬ容姿にふと疑問を覚えたバーダック。

 

 

「テメェ……、その青い髪と青い瞳……、純血のサイヤ人じゃねぇな……?」

「あっ、はい!オレは、サイヤ人と地球人のハーフなんです」

「地球……カカロットが育った星か……、あいつ以外にもサイヤ人が送られてやがったんだな……。

 カカロットとベジータ王子以外には、生き残りはいないと思ってたんだが……。

 ん……? だが、妙だな……? 地球へ行ったラディッツやナッパからは、カカロット以外のサイヤ人が居たとは聞かなかったが……」

 

 

 バーダックが自分が口にした、疑問に頭を悩ませていると目の前の青年からとんでもない爆弾発言が飛び出した。

 

 

「あっ、オレ……、その……ベジータの……息子なんです!!」

「……は?」

 

 

 時が止まるとは正しくこういう事なのだろう……。

 バーダックは今目の前で、何処か照れた様な笑みを浮かべる小僧が言った言葉の意味を理解できなかった……。

 

 ダレガ……ダレノ……ムスコ……ダッテ……?

 

 

 超サイヤ人になった時以上に、あり得ないモノを見た表情で自分を見ているバーダックに不思議そうに首をかしげるトランクス。

 

 

「あのー、バーダックさん……? 大丈夫ですか……?」

 

 

 あまりに、目の前の人物が動かないので、心配になったトランクスがバーダックに声をかける。

 声を掛けられた事で、フリーズしていたバーダックの思考がなんとか回り出す……。

 

 

「あー、わりぃ……、いきなりボーッとしちまって……。

 あー……もう一度聞くが……、本当にテメェの親父は……、あの……ベジータ王子……なのか……?」

 

 

 そのバーダックの物言いでバーダックが何が言いたいのか理解したトランクスは、苦笑する。

 

 

「ええ、オレの父親は確かに、サイヤ人の王子ベジータですよ。

 似てないでしょう?髪と瞳の色は母からの遺伝なんです。

 昔……、初めて悟空さん……あなたの息子さんにお会いした時にも驚かれました……」

 

 

 未だ目の前の小僧と地獄の水晶で見た、ナメック星の戦いに参加していたベジータに、共通点を見出せず戸惑いを隠せないバーダックだった。

 だが、先程のトランクスの戦いお思い出したバーダックは、戦っている時のトランクスの表情がどこかベジータに似ている事に気が付いた。

 何より、トランクスの何処か誇り高くあるその姿に、ベジータの血を感じずにはいられなかった。

 

 

「なるほど……、姿はともかく、戦闘力とその在り方を親父から受け継いだわけか……」

「えっ?」 

 

 

 バーダックが1人納得する様に呟いた言葉に、不思議そうに首を傾げるトランクス。

 自分が口にした事が、何処か小っ恥ずかしく感じたバーダックは、トランクスの視線から顔をそらす。

 

 

「ふん……、なんでもねぇよ……」

「そうですか……? あっ、あの……、ちょっと聞きたいことがあるのですが……」

 

 

 急に自分から顔をそらした目の前の男に、少し疑問を覚えたが、それ以上に気になる事があったトランクスは改めてバーダックに声をかける。

 

 

「なんだよ……?」

 

 

 顔を逸らしていたバーダックが、ぶっきらぼうな態度でトランクスに視線を向ける。

 

 

「先程から気になっていたのですが……、バーダックさんの頭にある輪っかって死者の輪っか……ですよね?」

「ん? こいつか?」

 

 

 トランクスに言われてバーダックは、自分の頭上に浮いている光る輪っかを指差す。

 すると、トランクスは肯定する様に頷く。

 

 

「そうだ。 こいつはお前が言った様に死者の輪っかだ……」

「と、言うことはバーダックさんは、死者……なんですよね……?」

「当たり前だろ」

 

 

 さも当然の様に口にするバーダックに、トランクスの目が鋭くなる。

 そして、真剣な表情でバーダックに問いかける……。

 

 

「どうして……、タイムパトロールなんかになられたんですか……?

 知っているとは思いますが、今のバーダックさんは死んでしまえば、魂が消滅してしまい、現世だけでなくあの世からもいなくなり……完全に存在そのものが消えてしまうと言うのに……。

 閻魔大王様の推薦と、時の界王神様が仰られたので単純に戦闘がしたいから……とは思えないのですが……」

 

 

 先程まで、どこか遠慮しがちだった小僧とは全く別物の、歴戦の戦士の風格すら漂わせたトランクスに内心で驚きを隠せないバーダック。

 だが、目の前の相手は自身から片時も目をそらさずに、こちらの眼を真っ直ぐ見ていた。

 その眼は、嘘は許さないと言外に告げていた。

 

 ここで適当に遇らったとしても、これまでのやり取りから、目の前の相手がいきなり力ずくで襲ってくる事は無いだろう。 と、バーダックはこの短い間でトランクスの事を評価していた。

 しかも、この問いかけ自体、本人の好奇心というのも少なからずあるだろうが、自身を心配して問いかけているのだろう。

 

 まったく、あれほどの戦闘力をもっていながら、なんて甘いヤツだ……。

 バーダックは、そう思わずにはいられなかった。

 だが、不思議とこいつになら正直に話してもいいかもしれない……と、バーダックが考えるより先に自然と口が言葉を発していた。

 

 

「強くなるためだ……」

「えっ……?」

 

 

 バーダックの呟く様に吐き出した言葉に、疑問の表情を浮かべるトランクス。

 だが、そんなトランクスを無視する様に、バーダックの言葉は続く。

 

 

「オレには、いつかどうしても戦いたいヤツがいる……。

 だが、今のオレじゃあ、そいつに勝つどころか、まともな勝負にすらなりゃしねぇ……。

 そいつを越えるために、オレはタイムパトロールになったんだ……!!」

 

 

 強さを焦がれる様に追い求めるバーダックの姿に、彼もかつての自分の様に大事な人を何者かに奪われ、復讐するために力を求めているのだろうか? と、トランクスは一瞬考えたが、その考えは間違いだと瞬時に思い直した。

 何故なら、バーダックの言葉や雰囲気には殺意や憎しみ等といった暗い感情は一切感じられなかったからだ。

 

 寧ろ相手の事を強者だと認めているが故に、その相手と全力で戦ってみたい……。

 自分が認めた相手だからこそ、全力で挑み自分の力でその相手を超えたい……。

 そういう純粋な気持ちが伝わってきた。

 

 それに気付いた時、トランクスは自然と笑い声を上げていた……。

 

 

「ふっ……、あっははははは……!!!」

 

 

 目の前で可笑しそうに笑うトランクスを見て、不機嫌そうな顔を浮かべるバーダック……。

 

 

「んだよ……? 何笑ってやがんだテメェ……!!」

「あっ!すいません……。 でも、やはりあなたも、サイヤ人なんですね……」

 

 

 不機嫌そうなバーダックに慌てて頭を下げた後、どこか懐かしい者を見る様に笑みを浮かべる……。

 その眼差しに何かを感じ取ったバーダックは、それ以上口を開く事なく、トランクスの視線から顔を逸らす。

 そんなバーダックを見て、トランクスは1つの提案を口にする。

 

 

「バーダックさん……、オレと戦ってみませんか……?」

「なにっ……!?」

 

 

 トランクスの提案に、その思惑が読めないバーダックは驚きと困惑の表情を浮かべる。

 そんなバーダックの内心を察したのか、トランクスが再び口を開く。

 

 

「何故、こんな提案をするんだ……? って顔をしてますね……。

 そうですね……、理由は簡単です……。

 あなたも、そして、オレも、サイヤ人だから……、ただ、それだけです……。

 どうします……? 断ってくれても……、戦いから逃げても構いませんよ……?」

 

 

 まったく理由になっていない、何処か挑発を含んだ言葉だったが、バーダックの眼を見つめるトランクスの眼は真剣そのものだった。

 そんな眼を向けられて逃げるなど、バーダックの中には存在しなかった。

 そもそも、先ほどの物言いに黙っていられるほど、大人しい性格をしてもいなかった……。

 

 

「上等だぜ……、やってやるよ……!!!」

 

 

 強気な笑みを浮かべ、バーダックが声を上げた瞬間、身体から間欠泉の様に白い透明なオーラが吹き出し、周りに転がっていた石や瓦礫を吹き飛ばす……。

 竜巻の様に荒れ狂う気の嵐がトランクスを襲うが、トランクスはそれを平然と受け流し立っていた……。

 

 次の瞬間、バーダックはトランクスに向かって飛び出した……!

 普通の人間だったら、認識すら出来ない超スピードで接近したバーダックは、右拳をトランクスの顔面目掛けて振り抜く。

 しかし、それをトランクスは顔を僅かに逸らす事で、躱す。

 

 躱された拳を引っ込めると同時に、バーダックは瞬時に強烈な右の蹴りをトランクスに向け放つ。

 しかし、それを左腕であっさり受け止めるトランクス。

 自分の渾身の蹴りで微動だにしないトランクスの様子に、僅かに顔を顰めるバーダック。

 

 そんなバーダックに蹴りを受けた状態のまま、冷めた様な眼で視線を向けるトランクス。

 その眼は言外に「こんなものか?」と告げている様だった。

 

 

「ちっ……」

 

 

 舌打ちと同時に後方に飛び、着地後、瞬時に超スピードで撹乱する様にトランクスの周りを廻るバーダック。

 廻りながら、トランクスのスキを探るバーダックだったが、一見ただ突っ立っているだけでスキだらけの様に見えるその姿には、欠けらもスキ等無かった……。

 埒が明かないと判断したバーダックは、トランクスの背後から左の突きを繰り出す。

 

 しかし、トランクスはバーダックに視線を向ける事なく、その突きを身体を斜めにズラす事であっさり躱す。

 躱したトランクス目掛けて今度は、右拳が放たれるが、またしても身体を軽くズラす事で躱す。

 その後も連続して高速でパンチを放ち続けるが、その全てを視線をバーダックに向ける事なく全て躱し切るトランクス。

 

 だが、それも長くは続かなかった、バーダックが何十発目かの右の突きを放つと、それを左に軽く身体をズラし躱したトランクスが軽く右腕を上げる。

 するとトランクスの裏拳が、パンチを打った直後のバーダックの顔面にカウンターとして打ち込まれる。

 

 

「ぐっ……!!!」

 

 

 軽い動作といっても差し支えない動きだったが、裏拳を打ち込まれたバーダックは10メートル以上吹っ飛んだ。

 しかし、天性のタフさを持つバーダックは空中で体勢を整え、着地する。

 バーダックは痛みが残る裏拳が当たった辺りを触ると、鼻から血が流れていた……。

 

 

「ちっ……」

 

 

 苛立つ様に鼻を拭い、改めてトランクスに視線を向けるバーダック。

 すると、視線の先にいるトランクスがゆっくりと振り返り、これまで同様に攻撃する事なく佇んでいた。

 

 

(くそっ……!!

 やる前から戦闘力に差があるのは分かっちゃいたが……、ここまで差があるとはな……。

 しかも、あの野郎……まるで後ろに目がついているみてぇに、こちらの攻撃を正確に躱しやがった……。

 ありゃ、気配を読んだとかのレベルじゃねぇな……。

 こいつは、撹乱してスキを突くのは無理だな……)

 

 

 内心で悪態を付きながらも、冷静に先程の攻防を振り返るバーダック。

 トランクスとの間に大きな戦闘力の差はあれど、バーダックとて一流の戦士なのだ。

 これくらいの事で焦って自分を見失ったりはしない。

 

 元から圧倒的にバーダックが不利な勝負なのだ……。

 だからこそ、やみくもに攻撃し無駄に体力を消耗するのではなく、冷静に自分がやるべき事を考える必要がある。

 バーダックは構えを取りながら油断なく、トランクスに視線を向けながら思考を巡らせる。

 

 そんな、バーダックをトランクスは静かに見つめて……。

 

 

(今の一連の攻撃……、オレを倒す為のものではなく、こちらの動きを探る様な感じだったな……。

 視線で軽く挑発しても、冷静さを失わないし、今だって闇雲に攻撃するのではなく、しっかり自分のやるべき事を考えている……。

 なるほど……、流石悟空さんの父親というだけの事はある……)

 

 

 トランクスもバーダック同様、先程の攻防を振り返っていた。

 そして、この短いやりとりでバーダックの戦士としての有能さに気が付いた。

 これまで歩んできた人生で、トランクスは殆ど状況が不利な戦いを生き抜いてきた。

 

 人造人間、ゴクウブラック、ザマス……、タイムパトロールになる以前の戦いでトランクスは常に苦戦を強いられてきた……。

 トランクスがこれまでの戦いで生き残ってこれたのは、運も当然あるだろうが、何より状況判断能力の高さだろう。

 無闇やたらに戦うのではく、退く時は退き、相手が自分よりも強者であるなら、勝つための情報収集や分析は怠らない。

 

 そういう、自分がやるべき事をしっかり把握して、実行して来たからこそ、どんなに絶望的な状況でもトランクスは生き残れてこれたのだ。

 そんなトランクスだからこそ、目の前のバーダックが自分との戦闘力差では勝ち目がない事を理解していながらも、少しでも勝ちを拾うために自分がやるべき事を冷静に思考しながら戦っている姿には好感を覚えた……。

 

 

(とは言え……、オレとの戦闘力の差は明白だ……。

 先程の攻撃で、オレに下手な撹乱は通じないと理解したと思うが……、この人はこれからオレとどう戦う……?)

 

 

 静かに、そして探る様な視線で見つめられているバーダックは、表情にこそ出していないものの、内心では大分参っていた……。

 何故なら、どれだけ思考しても目の前の相手には有効な攻め手が無いのだ。

 思いついたとしても、その一瞬後には明確にその攻撃が通用しないビジョンが鮮明に浮かんでしまう……、そんな堂々巡りに陥っていた……。

 

 これが、まだ戦いになるだけの戦闘力の開きだったなら、バーダックも効果があるかはともかく思いついた攻撃を試しに実行しただろう……。

 しかし、目の前の男と自分では勝負にならないほどの戦闘力の開きがある。

 たった1つ失敗するとその時点でこの戦いは終わる……。

 

 バーダックは、それを無意識に感じ取っていた……。

 だからこそ、動けない……。

 

 両者の間でしばらく、無言のにらみ合いがしばらく続く……。

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった……。

 

 

「ふぅ……、面倒くせぇ……。

 どんだけ、考えても答えがでねぇのなら、やる事は1つだ……」

 

 

 軽く息を吐き、何かを振り払う様に呟いたバーダックは、これまで以上に腰を下げ低く構えた。

 

 

(くる……)

 

 

 トランクスが内心でそう思った瞬間、バーダックは先程以上の超スピードでトランクスに近づく。

 しかも、体勢を限りなく低くしてだ。

 一瞬でトランクスの懐に潜り込んだバーダックは、右ストレートを放つ。

 

 しかし、先程同様トランクスは右に最小限の身体をズラす事でそのパンチを躱す。

 だが、それを予想していたバーダックは瞬時にしゃがむとトランクスの両足を刈るべく横一直線に右足を振り抜く。

 その蹴りを軽く跳ぶ事で、またしても躱すトランクス。

 

 バーダックは蹴りの勢いと反動を利用し身体を回転させ立ち上がり、跳んだトランクスの顔目掛けて左手の裏拳を放つ。

 その裏拳を空中で上半身をそらす事で、躱すトランクス。

 しかし、自身の眼の前を横に通過した裏拳がその場で瞬時に止まったかと思うと、一気にバーダックによって引き戻される。

 

 そして、引き戻された左の反動を活かして、右拳がトランクス目掛けて放たれる。

 それを後ろにバック転して回避したトランクスは、バーダックから距離をとる。

 

 再び距離が開いた両者の視線がぶつかる……。

 

 

「ちっ、予想しちゃいたが、今のも軽く躱しやがるか……」

 

 

 自分の全力の攻めをあっさりと躱し切ったトランクスに、苦虫を噛み締めた様な表情で睨むバーダック。

 しかし、そんなバーダックにトランクスは静かに首を横に振る。

 

 

「いえ、思っていた以上に鋭い攻撃でしたよ……。

 しっかり、こちらの動きを予測して考えられていた攻撃でした……」

 

 

 トランクスの言葉に嘘はなかった。

 正直な話トランクスはあの場から自身が動かされるとは、思ってもいなかった。

 今のトランクスはバーダックの全力よりも少し強いくらいに気を抑えて戦っていた。

 

 なので、今の状態なら普通にバーダックの力に合わせて互角の格闘戦を行ったりすることも出来たのだ。

 バーダックとしては、戦っていてそちらの方が楽しいのだろうが、バーダックが気の感知やコントロールについての技術がない事はを一目見て看破したトランクスは、その重要性を理解させるために敢えて今の様な戦い方をしていたのだ。

 トランクスの当初の予定では、気を抑えていると言っても現状、素のスペックで上回っており、気を読むことで相手の動きを正確に把握する事が可能なので、今の状態でもバーダックの攻撃を全部躱し切る等、さほど難しい事では無いと思っていた。

 

 だが、思っていた以上にバーダックの攻撃は鋭く、計算されたものだった。

 攻撃全てを躱し切ったものの、自分がどの様に動くのかをしっかりと予想し、誘導されてしまったのだ。

 それは、体術や戦闘での駆け引きだけだったらバーダックはトランクスと互角……もしくは上回っている可能性があるのだ……。

 

 

「へっ! 実力をほとんど出してねぇ奴に言われも、嬉しかねぇな……!!」

 

 

 バーダックは悪態を吐きながらも、冷静な思考で今での戦いを分析していた。

 

 

(ちっ!あいつの動きを読んで、誘導する事は出来ても全ての攻撃が躱されるんじゃ意味がねぇな……。

 にしても……、あいつはどうやって、あそこまで正確にオレの動きを把握してやがるんだ……?

 背後から攻めた時は、視線すらこちらに向けていなかったところを見ると、眼で見て攻撃を避けている訳じゃなさそうだが……)

 

 

 トランクスの思惑通り、バーダックはこれまでの戦いで自分にはなくトランクスが持つ何かしらの力に気付いていた。

 しかし、それに気付いていても、それが何なのかまでは理解出来ていなかった。

 サイヤ人は、フリーザ軍から支給されていた、スカウターやスカウトスコープ等で数値化されていた数字で相手の戦闘力を把握していた。

 

 なので、トランクスや悟空、地球の戦士達みたいに気を感知するという概念がそもそもないのだ。

 とはいえ、戦闘経験が豊富なバーダックは見ればその存在が強者かどうかぐらいは判断が出来るし、相手の気配くらいなら察知できる。

 しかし、目の前の相手トランクスは気配の感知等では説明がつかない程、背後からの攻撃だというのに正確にこちらの動きを読み切った。

 

 まるで、本当に後ろに目がついているかの様に……。

 

 

(ふぅ……、このまんま野郎が、回避に徹していたら攻撃を当てられるのは、いつになるやら……。

 正直奴の攻撃が当たれば一撃で終わるリスクはあるが……ヤツから攻撃してくれた方が、まだやりようはあるんだがな……。

 よくよく考えてみれば、圧倒的に実力に差があるオレに勝負をふっかけた時点で、この野郎は何かしらの目的を持っているはず……。

 それに……、この野郎の性格からして、攻撃してくるにしてもいきなりオレをぶっ倒す事は無いだろう……。

 遊ばれてるみてぇで、腹は立つが現状あいつが強者で、オレが弱者である以上、あいつがどう戦おうがオレが文句言える筋合いじゃねぇしな……。

 まぁ、とりあえず……、挑発して攻撃を誘ってみるか……)

 

 

 バーダックが、トランクスに攻撃を促すべく挑発を口にしようとした瞬間、バーダックにとって予想外の出来事が起きた。

 今まで回避や防御に徹していたトランクスがバーダックに向けて飛び出したのだ……。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 その予想外の行動に驚きの声を上げた時には、既にバーダックの懐にトランクスが侵入していた。

 そして、トランクスの左拳がバーダックの顔面に向かって放たれる。

 それを何とかギリギリ顔をそらす事で、回避し思わず安堵するバーダック。

 

 しかし、次の瞬間バーダックのボディに衝撃が走る。

 トランクスの右拳がバーダックのボディに突き刺さっていた。

 

 

「がはっ……!!!」

 

 

 思わず身体がくの字になり、頭が下がる。

 そこに、息つく暇もなく追撃の蹴りが迫り来る。

 それを視界の端に捉えたバーダックは、気力を振り絞り後方に跳ぶ。

 

 しかし、後方に跳んだバーダックを逃がさないとばかりに、トランクスも追う。

 一瞬距離が出来た事で、わずかに時間を得たバーダックは心と体勢を整え、トランクスを迎え撃つ。

 

 

「はあぁっ!!!」

「だりゃぁ!!!」

 

 

 2人の拳が空中でぶつかり合い、弾け飛ぶ。

 すぐに体勢を整えた2人は、乱打戦に突入する。

 2人から高速に繰り出されれる、拳と蹴りの打つかる音と衝撃が周りに響き渡る……。

 

 両者とも数十発もの攻撃を繰り出していたが、共にまだクリーンヒットはない。

 2人共、自分が持てる攻撃技術を駆使して攻撃を繰り出しているのだが、同様に防御や回避も持てる技術を駆使して、相手の攻撃をまともにヒットさせていないのだ。

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった……。

 

 

「はあっ!!!」

 

 

 トランクスの拳がついにバーダックの顔面を捉え、撃ち抜く……。

 だが、この男のタフさは尋常では無い。

 息子や孫がいくつもの戦いで発揮して来た、尋常ならざるタフさがここで活きる。

 

 パンチによって、身体が仰け反るが、瞬時に下半身に力をいれ踏ん張りを効かせる。

 

 

「なめんなっ!!!」

「なにっ……!?ぐっ……」

 

 

 そして、瞬時にトランクスの顔面めがけて強力なパンチを放つ。

 バーダックの予想外のタフさに、驚いたトランクスは反応が遅れ、そのパンチを喰らってしまった。

 パンチを喰らわせたバーダックは、すぐさまトランクスから距離をとる。

 

 

「へっ……、ようやく……テメェに1発喰らわせる事ができたぜ……!!」

 

 

 ようやくバーダックの顔に、笑みが浮かぶ……。

 バーダックの視線の先にいるトランクスは、ゆっくりと殴られた左頬に手を添え摩る。

 正直なところ、全くダメージを受けている様子はなかった。

 

 というか、全くダメージを受けていなかった……。

 現にトランクスの表情はどこか、楽しそうな笑みを浮かべていた……。

 

 

「正直、驚きました……。

 気付いているとは思いますが、オレはかなり気……貴方に分かりやすく言えば、戦闘力を抑えて戦っています。

 それでも、今のあなたにはかなりのダメージを与えるくらいには、力を出していました。

 ですが……、貴方はそんな状態のオレにしっかりついて来ただけでなく、攻撃にも耐え切りました……。

 貴方に、当てたのは2発だけですが、今の貴方の戦闘力では最初のボディへの1発でも十分気絶させる威力があったはずです。

 それなのに貴方は耐えた……。

 2発目は1発目よりも力を込めたのに、堪えた上に力の乗った反撃まで……、これは、正直予想外でした」

 

 

 笑みを浮かべながら自分を賞賛するトランクスに、居心地が悪くなったバーダック。

 トランクスの雰囲気にすっかり、気を削がれたバーダックは構えを解き、ずっと疑問に思っていたことを問いかける。

 

 

「テメェ……、本当は何が目的だったんだ……?

 正直な話、オレとテメェとじゃあ実力に違いがあり過ぎる……。

 本来だったら、戦いが成立しない程にな……」

 

 

 何処か自嘲が混じった様な言葉を吐いたバーダックを見つめ、トランクスは静かに口を開く。

 

 

「理由は2つありました。

 1つ目は、オレとの戦いの中で”気”の扱いを習得する事がどう言う事なのかを身を以て知ってもらう為でした。

 そして、2つ目はオレの力を戦いを通して知ってもらいたかったからです」

 

 

 その言葉に首を傾げるバーダック。

 

 

「気?」

「オレと戦っている時、撹乱したり、目に見えない死角や背後から攻撃しているのに、まるで自分の動きが読まれている……、そう言う感じを抱きませんでしたか?」

「やっぱり、オレの動きを何らかの方法で掴んでやがったのか……。

 そいつが、”気”の扱いを習得するって事……なのか……?」

 

 

 トランクスはバーダックの言葉に頷く。

 

 

「そうです。気というのはその人が持っている体内エネルギーの事です。

 貴方達は、それをスカウター等を通して計測し、戦闘力として認識していますが、オレはそれを自分で感知しているんです。

 気というのはコントロール出来れば、エネルギー波等の放出するモノだけでなく、自身の身体を強化する事も可能です……。

 バーダックさんも無意識でしょうが、力を解放すると同時に身体を強化しているわけです。

 なので、気を感知出来るオレには、例え眼をつぶっていたとしても、しっかりとバーダックさんの姿が認識できます……」

「スカウターも無く、相手の力を把握出来る……か……。

 しかも、スカウターみたいに計測してから数値化し、画面に映すまでのラグもなく瞬時にそれを感知する……。

 なるほど……、道理でオレの攻撃が当たらないわけだ……。

 しかも、テメェの話から察するに”気”、自身の体内エネルギーとやらをコントロールする術を磨けばオレは更に強くなる事が出来る……。

 そういう事だろ?」

 

 

 バーダックの言葉に頷く事で肯定の意を示すトランクス。

 トランクスの言葉で”気”の扱いを習得する事がどれだけ、戦いに役立つのかを瞬時に理解したバーダック。

 だが、ここでバーダックは疑問は疑問を覚えた……。

 

 

「”気”の扱いを習得する事の有用性は理解した……。

 それで……、何故それをオレにわざわざ教えた……?」

「それは……、今後の貴方には必要な事だと思ったからです……。

 貴方が強くなるには、気を理解する必要がある……。 オレにはそう思いました……」

 

 

 トランクスの言葉に、バーダックは押し黙る……。

 確かに、気……体内エネルギーをコントロール出来るって事を知る、知らないとでは戦い方に大きく差が出るだろう……。 バーダック自身そう思ったからだ……。

 

 だが、それでも疑問はやはり残る……。

 

 

「仮に……テメェが言った様に、”気”の扱いを習得する事がオレに必要だったとしよう……。

 だが、何故それを教える……? テメェに何の得がある……?」

 

 

 バーダックの懐疑的な視線に、静かでそして穏やかな笑みを浮かべる……。

 その表情はここではないどこか遠くを思い出している様だった……。

 

 

「先程……、あなたは戦いたい相手がいる……、その為に自分は強くならなければならない……。

 強くなって、相手を超えたい……、そう言いましたよね……?」

「ああ……」

「その時のあなたの姿が似ていたんですよ……、オレの父に……」

「父て……、王子にか……?」

 

 

 トランクスの言葉に、バーダックは意外そうな表情を浮かべる。

 バーダックにとってのベジータの印象は、ナメック星での戦いで見た程度だったので、正直自分で努力して相手を超えてやろうって気概がある様な奴には見えなかったのだ……。

 そんな、バーダックの反応にトランクスは、苦笑いを浮かべる。

 

 確かに、ベジータの事をよく知らず、振る舞いだけを知る人間には、超えるべき目標の為に自分の限界を超えるべく日々修行しているベジータの姿は想像出来ないかもしれない、と思ったのだ。

 だが、だからこそ、言わねばならない……。

 そして、伝えなければならない……。

 

 そんな父が、自分にとっていかに誇りであるのかを……。

 父が目指し、目の前の男の息子と競い合い、高め合った果てにたどり着いた、我らがサイヤ人の可能性の極地を……。

 自分もその極地を目指す1人のサイヤ人として……。

 

 

「昔、父さんは地球へ初めてやって来た際、悟空さんとの戦い破れ、追い返されたたそうです……。

 まぁ、これはあくまで父さんの主観であり、実際は引き分けだったと……オレの師匠である悟飯さん……あなたのお孫さんから聞いています……。

 でも、それは、当時の父さんの中ではとてつもない衝撃であり、屈辱だったのだと思います……」

 

 

 トランクスの話をバーダックは静かに聞いていた……。

 

 

「超エリートであるサイヤ人の王子が、下級戦士の出来損ないに敗れる……。

 そんな事は、許されない……、許せるはずがない……。

 きっと、当時の父さんはそう考えていたと思います……。

 だけど、その考え方に変化が起きたのは、きっとナメック星での戦いが切っ掛けだったのだと思います……」

 

 

 ナメック星の名前が出て、バーダックの脳にあの絶望と恐怖にまみれた戦いが思い出されていた……。

 そして、そんな絶望と恐怖を乗り越えた戦士達と、散っていた誇り高き王子の姿を……。

 

 

「ナメック星での戦いで、父さんは悟空さんの中にサイヤ人の可能性を見たのだと思います……。

 自分の限界に挑み続け、鍛え上げ続ければサイヤ人に超えられない限界などないと……。

 そして、その可能性を最も決定づけたのが……」

「超サイヤ人……。 そうだろ……?」

 

 

 確信を持ちながらも問いかけるバーダックに、首肯するトランクス。

 

 

「そうです……。 それから、父さんは変わったそうです……。

 オレが知っている父さんは、常に悟空さんを超える為に生活の大半の時間を修行へ費やしていました……。

 そして、父さんは遂に超サイヤ人への覚醒を果たしました……」

「王子のヤツも、超サイヤ人へと目覚めたのか……!!!」

 

 

 バーダックの表情が驚愕に染まる。

 確かに、ナメック星のでの戦いでベジータの戦闘センスや、才能は感じ取っていた。

 しかし、超サイヤ人になる前のカカロットよりも数段、力が劣っていたのも事実だ……。

 

 だが、それを覆した……。

 まさしく、執念と努力……、そしてなにより”サイヤ人の王子としてのプライド”がかの王子をその次元へと引き上げたのだろう……。

 それに気づいた時、今ベジータと同じ相手を追っているバーダックは、素直にベジータへの尊敬の念が生まれた。

 

 

「すげぇヤツだな……。 お前の親父は……」

「えぇ……、本当に……」

 

 

 バーダックからの賛辞に、どこか誇らしそうな笑みを浮かべるトランクス……。

 

 

「ですが、すごいのは貴方の息子さんもですよ。

 父さんが悟空さんより強くなれば、悟空さんはそれを上回る様に強くなる……。

 あの2人は、今までも、そしてこれからもオレ達サイヤ人の誰もが見た事ない景色を、2人で走破して行くのだと思います。

 共に高め合いながら……」

「そうか……」

 

 

 先程のトランクスと同様の笑みがバーダックの顔に浮かぶ……。

 だが、それは、次第に好戦的な笑みへと変わる……。

 

 

「あいつと戦うのが、ますます楽しみになって来やがったぜ……。

 カカロットがサイヤ人への限界へ挑み続けるなら、オレはあいつのそれより先の領域に行く……!!!」

 

 

 その発言を聞いた、トランクスの表情が驚きに変わる。

 

 

「バーダックさんが戦いたかった相手って、悟空さん……息子さんだったんですかっ……!?」

「あぁ……、そういや、言ってなかったか……。

 今のお前の話のおかげで、俄然やる気になったぜ……!!」

「でっ、ですが……、悟空さんは現世の人間で、バーダックさんは死者ですよね……? どうやって、戦うんですか……?」

 

 

 バーダックはトランクスに、閻魔大王との間で交わされた約束の話を簡単に説明した。

 自分がタイムパトロールになったのは、強くなるためでもあるが……、1番の理由は息子と戦う機会を手にするためである事を……。

 

 

「つまり……、悟空さんが亡くなってあの世に来た時に、バーダックさんは悟空さんと戦えるって事ですか……」

「そうだ……。 お前が言ったように、カカロットはきっとこれからも強くなりやがるんだろう……。

 正直、あいつがくたばる迄にどれくらいの強さになんのか、今のオレには想像もつかねぇ……。

 だが、ただでさえ差がついてやがんだ、おれだって無茶しねぇとあいつには追いつけねぇ。

 だから、オレはタイムパトロールになったんだ……!!」

 

 

 気迫のこもった言葉を告げたバーダックの姿に、やはり父親であるベジータを思い出さずにはいられないトランクスだった……。

 そして、同時に孫悟空という人間の偉大さにも改めて気付かされたのだった……。

 ベジータやバーダックだけじゃない、孫悟空と実際に戦ったり、その戦ってる姿を見た物は自然と心を動かされ、彼の背中を追う様になっている気がする……。

 

 かく言う自分もその1人だ……。

 そんな事を思いながら……、ふとトランクスの笑みを浮かべる。

 

 

「本当に不思議な人だ……悟空さんは……。

 それにしても……、悟空さんがあの世に来たらか……。 ……ん?」

 

 

 呟く様に言葉を吐いていたトランクスだったが、自分が口にした内容に引っかかりを覚えた。

 そんなトランクスの様子を不思議そうに眺めるバーダック。

 

 

「どうかしたか……?」

「ああ……、いえ……今更ながら、バーダックさんはどうして、悟空さんが超サイヤ人になった事を知ってるのか……? って疑問を覚えまして……」

「んだよ……、そんな事か……。 地獄から見てたんだよ……。 ナメック星での戦いを。 2年くらい前にな……」

「見てた……?」

 

 

 不思議そうな表情を浮かべたトランクスに、バーダックは地獄にある水晶について語って聞かせた。

 そして、それを使ってフリーザとの戦いで息子であるカカロットが”超サイヤ人”に覚醒した姿を、その目で見た事を……。

 

 

(フリーザとの戦いが……2年前……か……。

 という事は……、バーダックさんが普段生活している時代は、初めてオレが過去にやって来てフリーザを倒して半年くらいか……。

 なるほど……、だからか……)

 

 

 説明を聞いた後、トランクスはバーダックから齎された情報を整理しながら、内心で自身が引っ掛かりを覚えた理由に気が付いた。

 急に黙り込んだトランクスの様子に、首を傾げるバーダック。

 

 

「おい、どうした? 急に黙り込みやがって……」

 

 

 声を掛けられたトランクスはビクゥ!!と身体を震わせる。

 

 

「えっ!? あっ……、す、すいません……。 急にでぼーっとしてしまって……。

 なっ、何でもないんで、気にしないでください……」

 

 

 明らかに怪しい反応のトランクスに、疑惑の目を向けるバーダック。

 そんな空気に耐えられなくなったトランクスは、強引に話題変更の手段をとる。

 

 

「そっ、それより、バーダックさん。

 オレがバーダックさんの戦った2つめの理由なんですけど、覚えてますか……?」

「ん? あー、確か……”お前の力を戦いを通してオレに知ってもらう”ため……、だったか……?」

「そうです……!!」

 

 

 バーダックの言葉に、笑みを浮かべるトランクス。

 しかし、次の瞬間、真剣な表情を浮かべ真っ直ぐバーダックの目を見てトランクスは口を開く。

 

 

「バーダックさん……、もし本当に息子さん……悟空さんを超えたいのであれば……、オレと一緒の修行しませんか……?」

「なにっ!?」

 

 

 急なトランクスの提案に、驚きと疑問のこもった声を上げるバーダック。

 しかし、そんなバーダックを無視する形で、尚もトランクスは口を開く。

 

 

「はっきり言います……。

 今のまま、あなた1人で頑張っても、あなたは決して悟空さんに追いつく事は無い……!!!」

 

 

 トランクスの断言する様な物言いに、バーダックの目に険しさが宿る。

 今にも戦いが再開されそうなほど、両者の間には剣呑な雰囲気が立ち込める。

 しかし、そんな雰囲気にも動じず、トランクスは口を開く。

 

 

「勘違いしないでください……。

 それは、貴方に才能がないとか言う話ではありません。

 修行のやり方もロクに知らず、共に高め合う人間がいない貴方では、限界があると言う話です。

 1人での修行に限界がある事を……得られる力が少ない事を……、オレは誰よりも知っています……」

 

 

 どこか哀愁が込められたその台詞に、バーダックは何も言えなくなった……。

 それだけ、今の言葉には重みがあったのだ……。

 力を切望したにも関わらず、どれだけ望んでも手に入れることが出来ず大切なモノを失った者の確かな重みが……。

 

 

「「…………」」

 

 

 両者の間に沈黙が流れる……。

 しかし、互いの眼がそれる事は一時もなかった……。

 そんな時間に終止符をうったのは、こちらの男だった……。

 

 

「オレは……、カカロットに追いつけると思うか……?」

 

 

 視線をトランクスから外し、ポツリと呟いたのはバーダックだった。

 この半年、息子と戦う事を目標に自分なりに鍛えて来たバーダックだったが、自分が思うほどの成長を遂げていない事は本人が1番自覚していた。

 だが、それは無理もない事だろう……。

 

 比較対象である悟空とバーダックでは、現在の力の差があり過ぎるのだ。

 なので、ちょっとやそっとの上達では全然足りないのだ。

 その事実がバーダックを自然と焦られていた……。

 

 しかし、どれほど優れた戦士だろうと、1人での修行では限界があるのだ。

 そのよい例が、トランクスの父ベジータだろう。

 彼は、長年ライバルである孫悟空を超えるべく、1人で修行を続けてきた。

 

 しかし、彼がどれだけ1人で頑張ろうが年が経つにつれ、2人の実力差は開く一方だった。

 だがそれは、ベジータに悟空ほどの才能がなかったからでは決してない。

 決定的に2人の間に存在する要素は別のところにあったのだ。

 

 ベジータは、幼少の頃より様々な星を制圧する過程で数多くの戦いをこなして来た。

 単純な戦闘経験だけだったら、悟空より多いかもしれない。

 しかし、ベジータは自己を追い込み鍛え上げるという経験は、ほとんどして来なかったのだろう。

 

 元々サイヤ人は戦闘民族で、生まれつき戦闘力が高い傾向がある。

 特にベジータは王族で、しかも生まれながらにして歴代のサイヤ人の中でも高い戦闘力を有して生まれて来た。

 さらに、幼少の頃より天才と言われて育って来たのだ。

 

 戦闘訓練こそ積んではいただろうが、大体は持って生まれた天性の力で大抵の戦いは乗り切って来れただろう。

 そんな彼が、同族で、しかも蔑んでいた下級戦士である孫悟空に敗北した。

 それだけでなく、戦って数ヶ月しか経っていないというのに、ナメック星で再会した時には自身とは比べ物にならない程の実力差が存在していた……。

 

 そして、決定的だったのが、サイヤ人の伝説”超サイヤ人”への覚醒を果たし、サイヤ人の宿敵である宇宙の帝王フリーザの撃破。

 このわずか数カ月の出来事はサイヤ人の王子ベジータにとって、自身の価値観を塗り替えるには十分だった。

 これまで、自分の才能や知略を用いた戦略でどうにか物事を解決しようとしていた彼が、初めて自身を追い込み鍛え上げる事を決意したのだ。

 

 だが、先に記述した様に、1人での修行は、いかに環境を整えようと色々限界があるのだ。

 もし、それを覆せるとしたら、サイヤ人より高度な種族か突然変異でもない限りは不可能だろう。

 

 対して悟空は、祖父に始まり、仙人、仙猫、地球の神等、様々な武術の達人から幼い頃から師事を受けてきた。

 さらに宇宙でも武術に対して造詣が深い界王や大界王という偉大なる神々の元で、修行を積んでいたのだ。

 つまり、悟空は自身を効率よく鍛える方法の引き出しが、ベジータより圧倒的に多いのだ……。

 

 それは、何も肉体や技の話だけではなく、精神的な面でも同様だ。

 心技体という言葉が示す様に、心と技と体の全てを鍛えて初めて本当の強さが手に入るのだ。

 悟空は多くの師匠の元で、肉体や技だけでなく心の修行も積んで来ていたのだ。

 

 そういう下地があるから悟空は、固定概念に縛られず自身を鍛えるにはどうするのが効率的なのかの最適解を見つけるのが上手いのだ。

 

 また、師匠が居るという事の利点は、他にもある。

 1人で修行するという事は、自身の長所や短所も自身が把握出来る範囲でしか理解する事は出来ない。

 しかし、武術の知識を持つ師と共に修行すれば、自身では気付かない長所や短所を指摘してもらえ、尚且つ改善する方法も教えてもらえたり、共に考えることも出来るのだ。

 

 同じ時間を修行に費やしていながら、悟空とベジータに実力差が生じたのは、”師匠の存在”と”修行のノウハウの有無”この2点だろう。

 現にベジータは、ある時期に悟空と共に、とある人物に弟子入りしてからは、あまり時間をかけずに悟空との実力差を埋めてみせた。

 つまり、ベジータには悟空と同等の才能がちゃんと備わっていたのに、それを開花させてくれる存在がこれまではいなかったのだ。

 

 長々と書いてしまったが、バーダックも1人で修行を続けていると、ベジータ同様自分の持つ才能を開花出来ない可能性があるのだ。

 

 

 どこか不安気に呟く様に質問をしたバーダックをしっかり見据え、トランクスは自身の考えを口にする。

 

 

「バーダックさん、あなたの質問に、オレが応えられる答えは1つです。

 それは、正直分からないという事です。

 なんせ、相手はあの悟空さんですからね……。

 だけど、1つ分かる事があります……」

「……」

 

 

 バーダックもトランクスから視線を外す事なく、お互いの視線が交差する。

 

 

「それは、あなた自身が考えている以上の努力をしないと、永遠に悟空さんに追いつく事がないという事です」

「ちっ……」

 

 

 はっきりと告げられたトランクスの言葉は、バーダックが無意識の内に目を逸らしていた事実でもあった。

 それを言葉にされた事で、自覚してしまったのだ。

 2人の間に沈黙が流れる……が、またしても空気をやぶったのはこちらの男だった。

 

 

「ふぅ……、今のオレは意地を張ってられる立場じゃねぇよな……」

 

 

 そう呟いたバーダックの表情はどこかスッキリしており、先ほどまであった迷いが一切なくなっていた。

 そして、決意のこもった表情をトランクスに向ける。

 

 

「頼む……、オレに……修行をつけてくれ……!!!」

 

 

 そう言うと、バーダックは静かに頭を下げる……。

 孤高の戦士バーダックが初めて自身の足りないモノを埋めるために、頭を下げた瞬間だった。

 

 

「はいっ! オレが持てる全ての技術をあなたに伝えます……!!」

 

 

 バーダックの決意に応える様に、力強い笑みを浮かべたトランクスはバーダックに向かって右手を差し出す。

 そして、バーダックもトランクスの気持ちに応える様に、その右手をしっかりと握り返す……。

 

 

「へっ、すぐにてめぇに追いついてやるよ……!!!」

「ええ、期待しています……。

 あなたが強くなってくれれば、オレも修行になります。

 オレにも目指すべき強さがあるので、一緒に強くなりましょう……!!!」

 

 

 この瞬間、時を超え2人のサイヤ人の師弟が生まれたのだった……。

 やる気に溢れたバーダックを見て、トランクスはふと思った……。

 

 

(悟飯さんに修行をお願いしていた時のオレも、こんな感じだったのだろうか……?

 まさか、あなたの祖父をオレが鍛えることになったと、あなたが知ったら、あなたはどんな顔をするのかな……?

 ねぇ……、悟飯さん……)

 

 

 亡き師匠に、しばし思いを馳せたトランクスだった。

 

 

「さて、任務も終わったのに随分長いしちまったな……。

 そろそろトキトキ都に戻るか」

「あっ……、そうですね」

 

 

 こうして、2人はトキトキ都に戻るため移動を開始する……。

 

 

「トキトキ都に戻ったら、早速修行をつけてくれよ……。 なぁ、師匠」

「師匠はやめてください、トランクスでいいです……」

 

 

 どこか、冗談混じりに師匠呼びするバーダックに、苦笑いを浮かべるトランクス。

 

 

「へっ、じゃあ、よろしく頼むぜ!トランクス」

「はい!」

 

 

 強気な笑みを浮かべたバーダックに触発される様に、トランクスも力強い笑みで応える。

 そんなトランクスに満足したのか、バーダックは再び歩き出す。

 自身の先を歩くバーダックの背に、静かに視線を向けるトランクス。

 

 

「あと、2年半か……」

 

 

 静かに呟かれたその言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった……。

 そして、バーダックの後を追う様にトランクスも歩き出す……。

 

 こうして、バーダックはトランクスの弟子となり、修行に励む日々がスタートするのだった……。

 そして、時は2年半後の現代へと進む。

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