ドラゴンボール -地獄からの観戦者- フリーザ編 17

■Side:ギネ

 

 

『立つんじゃねぇ!!伏せろ!!!ふせろーーーーーっ!!!!』

 

 

 カカロットの必死な声が水晶から地獄に響き渡る。

 あたしは最初その声が誰に向けられているものなのか、理解できなかった。

 声を掛けられた者は何とかカカロットの声に反応した様だったが、その者の視線がそれを捉えた時には既に遅かった。

 

 

『!!』

 

 

 回避しようと動き出した時には、既に身体に喰い込んだそれは、一切の手心なしにその者の身体を真っ二つに切り裂いた。

 

 

『そっ……そんな…………』

 

 

 予想外の事態に驚愕の表情を浮かべた当人を無視する様に、無情にも上半身と下半身は別れ崩れ落ちる。

 ドサッと虚しい音と共に呆気なく地面に崩れ落ちたその姿を見て、あたしは心の中で漠然と、なんともあいつらしくない姿だなぁ……と思ってしまった。

 きっと、この時のあたしは事態に頭が追いついていなかったんだと思う……。

 

 水晶が映し出すあいつ……宇宙の帝王フリーザの真っ二つになった姿を見ても、あたし達は誰も声を上げる事が出来なかった。

 いや、あたしだけじゃなく周りの奴等も、きっとこの予想外の事態に頭が追いついていないんだ。

 本来なら喜びの声を上げるところだと言うのにだ……。

 

 その証拠に、皆呆然とした表情で水晶を見つめていた。

 それだけ、この衝撃の光景が信じられなかった……。

 

 でも、この事態に驚きを隠せないのは、きっとあの子も同じなのだろう……。

 あたしが水晶に視線を向けると、空中に浮かぶカカロットの姿が映し出されていた。

 

 カカロットは驚きを隠しきれず、空中から複雑そうな表情でフリーザを見つめている。

 その表情は心なしか、今のフリーザの様子に心を痛めている様にあたしには見えた……。

 

 

(あぁ……、あの子はこんな戦いの結末を望んでなんていなかったのか……。

 やっぱりお前は優しい子だね……、カカロット)

 

 

 本当にカカロットがそう望んでたのかは分からない。

 だけど、今のあの子の表情を見て、あたしにはそう思えてならなかった。

 

 数秒程フリーザを見つめていたカカロットだったが、静かにフリーザの横に降り立つ。

 

 

『自業自得とはいえ、貴様らしくない惨めな最期だな……』

『ち……ちくしょう……ちく……しょう…………』

 

 

 カカロットが言葉を掛けても、まともに返事を返す余裕すらないのか、フリーザはただ痛みを堪える様に顔をしかめ、ひたすら怨嗟の言葉を吐き続ける。

 そんなフリーザにしばらく視線を向けていたカカロットだったが、静かに背を向ける。

 

 

『オレはなんとしても地球へ帰ってみせる。

 おめぇは自分で破壊してしまった、このナメック星と運命を共にするんだな……』

 

 

 背を向けたままフリーザへ最後の言葉を告げたカカロットは、ゆっくりと歩き出した。

 

 あたしは、未だ混乱した頭で今度こそ戦いが終わったのだと安堵した……。

 あとは、この子が無事にナメック星から脱出してくれればそれでいい……。

 カカロットは今度こそ助かるんだ!!!

 

 その事を頭が理解した瞬間、あたしの頭はゆっくりと現実に追いつくように回り出そうとしていた。

 だが、ここで予想外の事態が起こった。

 歩き出したカカロットが急に歩みを止めたのだ。

 

 あたし達がその行動に疑問を覚えたと同時に、答えは水晶よりもたらされた。

 

 だが、それは……あたし達地獄にいるサイヤ人達にとって……、とても信じられないものだった……。

 

 

『た……たの……む……、た……助けて……たす……助けて……くれ…………』

 

 

 それは今にも消えてしまいそうな程、とても弱々しいか細い声だった……。

 だが、確かにそれはあたし達の耳に届いた……。

 

 

「うっ……、うそ……だろ……」

「あの……、フリーザが……命乞い……だと……」

 

 

 トーマとパンブーキンが唖然とした表情を浮かべながら、吐き出された言葉はあたし達全員の心境を代弁していた。

 あの滅多な事では驚いた表情を浮かべないバーダックでさえ、例外なく皆と同じ様に驚いた表情を浮かべていた。

 

 あたし達にとって、フリーザという存在は最強無敵の絶対強者だった……。

 この戦いが始まってから、カカロットやゴハン、王子等強力な力を持った戦士達がフリーザに戦いを挑んだ。

 しかし、何度もフリーザの強大な力の前に死ぬ寸前まで追い詰められた。

 

 だが、あたしはどんな絶望的な状態でも彼らの勝利を心から願っていた。

 

 しかし、今のフリーザの状態を見てあたしはようやく気づいた……。

 あたしは、いや、あたし達は彼らの勝利を願っている傍ら、心のどこかでフリーザは決して倒せない存在だと勝手に思い込んでいたのだ……。

 

 だから、あたし達はフリーザが命乞いをする姿にこんなにも、衝撃を受け動揺したのかもしれない……。

 

 

 未だショックから抜け出せない、あたしは水晶に視線を向ける。

 そこには、フリーザの言葉を聞いて動きを止めたカカロットが映し出されていた。

 

 その表情は、何かを堪える様に歯を食いしばった複雑な表情を浮かべていた。

 

 

『た……助けてくれええ……!!』

 

 

 フリーザが再度上げた命乞いの言葉に、カカロット顔に怒りの感情が宿る。

 

 

『勝手なこと言いやがって!!貴様はそうやって命乞いした者を一体何人殺したんだっ!!!』

『た……たの……む…………!』

 

 

 フリーザに向けて怒りのこもった言葉をカカロットが投げかける。

 しかし、フリーザの方には会話する余裕がない程ダメージを受けているのか、またしても命乞いの台詞を吐く。

 

 そんな無様なフリーザの様子を見たカカロットは、しずかに左手をフリーザに向ける。

 

 あたし達はその様子を固唾を呑んで見つめる。

 この攻撃によって今度こそフリーザを消し去るのだと思ったからだ……。

 

 しかし、あたし達の予想は大きく外れる事になる……。

 

 

 あたし達が見守る中、カカロットの左手からエネルギーの塊が放出されると、そのエネルギーはフリーザの全身を包み込んだ。

 その光景を見てあたしの周りから、驚愕と怒りの声が上がる。

 

 

「なっ、なんだと……!?」

「バカな……!!フリーザにエネルギーを与えるだとっ……!!!」

「なに考えてんのさっ!!!」

 

 

 そう、カカロットはなんと瀕死の状態のフリーザに自身のエネルギーを分け与えてたのだ。

 これには、流石のあたしも驚きを隠し消えれなかった。

 

 

『オレの気を少し分けてやった……。

 貴様なら多分その身体でも十分動けるはずだ……。

 あとは勝手にしろ……!』

 

 

 あたし達の驚きなど知らないカカロットは、エネルギーを与えられて驚いた表情を浮かべている倒れ伏したフリーザに言葉を告げ、背を向け歩き出していた。

 

 

「おいおい、カカロット野郎……、本当にフリーザにトドメを刺さねぇつもりかよ……」

「だから、あいつは甘いというのだっ!!!」

 

 

 困惑の表情を浮かべたナッパと怒りを露わにしたラディッツのやりとに、どちらの気持ちもわかってしまう分あたしの気持ちも複雑だった。

 ふと、隣に立っているバーダックに視線を向けると腕を組み目を閉じていた。

 まるで、気持ちを落ち着かせようとしているその姿に、バーダックもカカロットがやった行動に対して思う所があるのだろう……。

 

 

「おい」

 

 

 水晶から視線を外していたあたし達を、これまで一言も喋らなかった男の声が引き戻す。

 めったに口を開かない男、トテッポに視線を向けると、トテッポは水晶に向けて指を向けていた。

 それにつられて、視線を水晶に向けると倒れ伏していたフリーザが起き上がっていた。

 

 下半身と左腕を無くしたフリーザは、上半身だけで宙に浮かび上がる。

 切断面からは夥しい量の血を流しながらも、先ほどまでと違いしっかりと意識は持っている様だ。

 その証拠にカカロットの背中を睨みつける目には、嘗てないほどの憎しみが込めらていた。

 

 

『こ、こいつは意外だったな……。オレにエネルギーを分け与えるとは……』

 

 

 フリーザの声に振り返ったカカロットは、心底不思議そうな顔をフリーザに向ける。

 

 

『貴様は宇宙空間でも生きていけるんだろ?

 だったら、さっさとこの星を脱出するんだな。

 生き延びて命の有難さを思い知るがいい!』

 

 

 カカロットの言葉を聞いたフリーザは一瞬苦々しい表情を浮かべたが、直ぐに嫌味な笑みを浮かべる。

 

 

『く……くっくっくっ…………、この星はもう爆発寸前だ……、どこへ行こうというのだ……?

 どう足掻いても、宇宙空間では生きられない貴様を待っているのは”死”だけだ……』

「くっ……」

 

 

 フリーザが浮かべているムカつく嫌味な笑みに、一瞬怒りを覚えたあたしだったが、あいつが言っている事は紛れもない事実だった。

 しかし、焦っているあたしとは対照的にカカロットは冷静だった。

 

 

『……たしかに、オレの乗ってきた宇宙船まで行く時間はもうない。

 こうなったらお前の宇宙船を頂くつもりだ』

「なるほど、フリーザの宇宙船は近くにあるんだ!!!」

 

 

 カカロットの言葉を聞いて、近くに宇宙船がある事にあたしは心の底から安堵した。

 しかし、ここに来て世界の不条理がカカロットを襲う。

 

 

『はっはっはっ……!!あの船はベジータが壊して跳べるものか!!!

 皮肉だな勝負に勝った貴様は死んで、オレは助かるんだ!!!

 こ……、このフリーザ様にエネルギーを分けるなんて生意気な事をするからだ……』

「あの野郎っ……!!!」

「だから、フリーザになんてエネルギーを与えてやる必要なんてなかったんだ……!!!」

 

 

 カカロットを嘲笑う様に告げられたフリーザの言葉に、地獄のサイヤ人達の怒りが爆発する。

 だけど、あたしはそんな事よりも絶望的なカカロットがどうやったら助かるのかを考えるので頭がいっぱいで、他の事に気を避ける余裕はなかった。

 

 だが、そんな時水晶の中から力強い言葉発せられた。

 

 

『オレも生きてみせる』

 

 

 自分の思考の海に沈んでいたあたしは、その力強い声で現実に引き戻された。

 背中だけしか映し出されていなかったが、その力強い背中からカカロットがまだ諦めちゃいない事を雄弁に語っていた。

 だったら、あたしは最後まであの子を信じるだけだ。

 

 

 フリーザに背を向けた悟空は舞空術で空へ飛び立つ。

 黄金色のオーラを纏って飛び立った悟空はどんどんフリーザから遠ざかる。

 

 

「ちっ、結局フリーザにトドメは刺さねぇのか……」

「まぁ、そんな余裕もないのも事実だけど……すっきりしないよね……」

 

 

 小さくなったカカロットの姿に、未だフリーザにトドメを刺さなかった事に納得がいっていないパンブーキンとセリパが口を開く。

 バーダックが前に言葉にした通り、フリーザの生殺与奪権はカカロットにあるとあたしも思う。

 だけど、わざわざ自業自得で瀕死になったフリーザを助けてまで救ってやる必要があったのかと問われれば、それは否だと思う。

 

 フリーザは助けられたからと言って、善人になる様なヤツじゃない。

 きっとこれからも多くの者を傷つけ、破壊し奪い続けるだろう。

 あたし達サイヤ人を滅ぼした様に……。

 

 あたしはサイヤ人だから善人じゃないけど、きっと宇宙の平和ってヤツの為を思うならこの場でフリーザを倒していた方が、よかったと思う。

 でも、あの子は……カカロットは……、そんな如何しようも無いフリーザにも変わってほしいと思っているのだろうか?

 

 いや、単純に強いヤツとまた戦いたいから生き残らせたのかもしれないね……。

 あの子は、サイヤ人の本能である戦闘欲求にどのサイヤ人よりも忠実そうだから……。

 

 あたしは自身の中でなんとか、この戦いの結末を受け止め、改めて水晶に視線を向ける。

 そこには飛んでいる息子の……カカロットの後ろ姿が映し出されていた。

 その後ろ姿に……しょうがない子だねぇ……と親ながら誰よりもサイヤ人である息子に、呆れた笑みをあたしは浮かべた。

 

 そんな時だった……、水晶から怨嗟のこもった声が発せられたのは……。

 その声は決して大きいものではなかった……。

 呟く様に発せられたにも関わらず、その声は明確な意思をもっていた……。

 

 敵意という名の明確な意思を……。

 

 

『オ……オレは宇宙一なんだ…………!!

 だから……だから貴様はこのオレの手によって、死ななければならない……!!』

 

 

 宇宙一という称号に取り憑かれたその者は、狂気を宿した瞳を飛翔する敵に向ける。

 これまでの人生で味わった事がない程の屈辱を味わった為か、もはやフリーザに正常な判断を下せるほどの精神的余裕は残されていなかった。

 

 ギネや地獄のサイヤ人達が水晶から発せられた不吉な言葉に嫌な予感を覚えつつ、水晶に視線を向けたその瞬間だった。

 

 

『オレに殺されるべきなんだーーーーーっ!!!!!』

 

 

 フリーザの狂気すら感じられる叫び声をと共に、残った右手から極太のエネルギー波が放出される。

 エネルギー波は飛翔した悟空目掛けて、一直線に進んでいく。

 

 

「カカロットーーーーーッ!!!」

 

 

 急激な展開に声を上げる事が出来なかったサイヤ人達の中で、ギネだけは悲鳴にも似た声を上げる。

 

 その声に反応した訳ではないのだろうが、舞空術で飛翔していた悟空は背後より迫り来る気配に視線を向ける。

 そして、自身に迫るエネルギー波を視界に収めた瞬間、瞬時に怒りの表情を浮かべる。

 

 

『バカヤローーーーーッ!!!!!』

 

 

 怒りの咆哮と共に、悟空の右手から繰り出されるエネルギー波。

 そのエネルギー波はフリーザの極太のエネルギー波を一瞬で飲み込み、押し返していく。

 もはや勝負にすらなっていなかった……。

 

 

『!!』

 

 

 自身に迫り来るエネルギー波に驚愕の表情を浮かべるフリーザ。

 だが、言葉を発する間も無くフリーザの身体は光の奔流に飲み込まれた……。

 

 滅びいくナメック星に轟音と共に爆風が巻き起こる。

 爆風が収まった時、そこには巨大な穴がぽっかりと空いていた……。

 

 そして、その場に宇宙の帝王フリーザの姿は跡形もなく消え去っていた……。

 

 

 

 エネルギー波を放った悟空は、繰り出した右手を突き出した体勢のまま固まっていた。

 その右手が僅かばかり震えている様に見えるのは、目の錯覚だったのかもしれない。

 

 爆風により黄金色へと変貌を遂げた髪が酷く靡いていた為、その下に隠れた悟空の表情を伺う事が出来たのは、偶然にも2人だけだった。

 

 数秒程固まっていた悟空だったが、くるりと背を向け猛スピードでその場を後にする。

 水晶は舞空術で飛翔している悟空を捉えていた。

 その光景を呆然と見ていた地獄のサイヤ人達だったが、ようやく現実に意識が追いつき始める。

 

 

「なぁ……、さっきの攻撃で……フ……フリーザの野郎消えちまったよな……??」

「ああ……、確かに跡形もなく……吹っ飛んでたな……」

「今度こそ本当に……フリーザの野郎を……倒したのかい……?」

 

 

 自分達が見た光景が信じられないのか、仲間達に現実なのかを確かめる様に口を開くトーマ達。

 ナッパやラディッツ等は信じられないとばかりに、未だ唖然とした表情を浮かべていた。

 だが、声に出して互いに現実だと認識した瞬間、地獄に大歓声が響き渡った。

 

 

「うぉおおおおおーーーーーーっ!!!カカロットの野郎、今度こそフリーザの野郎をやりやがった!!!」

「ねぇ、本当だよね!?本当に……、あのフリーザを倒したんだよねぇ!!!ねぇ!!!」

「すげぇ、流石超サイヤ人だぜ!!最後のフリーザなんか歯牙にもかけてなかったぜ!!!」

 

 

 大歓声を上げるトーマ達4人とは対照的に、こちらの2人は静かに実感を噛み締めている様だった。

 

 

「あのフリーザが……マジかよ……」

「ふん、危機的状況にならんとトドメをさせんとは愚か者め……」

 

 

 未だ信じられないといった表情を浮かべるナッパ。

 そして、ラディッツは悪態こそついているがその表情は笑みが浮かんでいた。

 

 そんな喜びを露わにしているサイヤ人達の中で、2人だけ未だに水晶に視線を向ける者達がいた。

 それは、水晶に映し出されている孫悟空の父と母である、バーダックとギネだった。

 

 

「ねぇ、バーダック……、あんたフリーザを吹っ飛ばした時のカカロットの顔見たかい?」

「ああ……」

 

 

 静かに口を開いたのはギネだった。

 そして、ギネと同じく悟空がフリーザにトドメをさした時、偶然悟空の表情を捉えたバーダックはがギネが何を言いたいのか察した。

 

 

「あの子は、あんなとんでもない悪党でも殺してしまった事に悲しみを覚えてしまう程、優しい子なんだね……」

 

 

 ギネはフリーザにトドメを刺した時に、一瞬見えた息子の表情を思い出していた。

 仲間を殺した相手だというのに、カカロットの表情に嬉しさ等の感情はなく、とても悲しそうで辛そうな表情を浮かべていたのだ。

 

 

「いったい誰に似たんだろうね……?あんな、優しくて甘いサイヤ人なんて見た事がないよ……」

 

 

 どこか寂しげな笑みを浮かべたギネがバーダックに視線を向ける。

 

 

「はっ、そりゃお前の血だろうぜ!!あんな甘いサイヤ人なんてカカロット以外だとお前くらいなもんだ」

 

 

 視線を水晶に向けたまま告げれらたバーダックの言葉に、心当たりがあるのか若干気まずい表情を浮かべるギネ。

 だが、バーダックはそんなギネを尻目に言葉を続ける。

 

 

「けどよ、今回はそんな甘いカカロットがフリーザを倒しやがった。

 きっと、オレ達サイヤ人の在り方じゃ、超サイヤ人は復活できなかった……。

 他者の為に本気で怒りを宿す事が出来るカカロットだからこそ、超サイヤ人になる事が出来たんだ……。

 あいつのそういう優しさってヤツが、きっと今回の勝因なのは間違いねぇ」

 

 

 そこで一旦言葉を切ったバーダックはギネに視線を向ける。

 バーダックの言葉にいつしか聞き入っていたギネとバーダック、2人の視線が重なる。

 そして、バーダックははっきりギネに告げる。

 

 

「その優しさって強さをあいつに最初に宿したのはお前だ……ギネ」

 

 

 バーダックの言葉を聞いて、驚いた表情を浮かべたギネだったがその表情は直ぐに笑み変わった。

 

 

「何言ってんだい?他者の為に怒るってんなら、あんたも同じだろバーダック。

 あの子はあたし達の息子なんだ。あたし達2人のいいトコを持っていて当然だろ?

 だからさ、あたし達はあの子の親である事を誇ろうよ。

 あたし達サイヤ人の悲願を達成してくれたあの子の事をさ!」

「ああ、そうだな……」

 

 

 ギネが笑顔で告げたその言葉に、バーダックは他者に見せた事がない様な穏やかな笑みを浮かべる。

 

 

 確かに、悟空はフリーザを倒した時に少なからず悲しく辛い気持ちを胸に抱いたのかもしれない。

 だが、その行動を少なくとも2人だけは誇りとしてくれる存在がいた事だけは、紛れもない事実だった。

 

 

 バーダックとギネが再度水晶に目を向けると、フリーザの宇宙船の中を走り抜けている悟空の姿が映し出されていた。

 

 

「あとはカカロットが、無事に地球へ還ってくれるといいんだけど……」

 

 

 心配そうな表情を浮かべるギネ。

 

 

『ここかっ!!』

「やった、操縦室だ!!」

 

 

 宇宙船の操縦室にたどり着いた、悟空は急いでパネルを操作しようと近づく。

 

 

『発進スイッチは……、よし!!いいぞ、乗ってきた宇宙船とほとんど同じだ!!こいつだ!!』

 

 

 悟空がスイッチを押した瞬間、宇宙船を起動させた音が水晶から響き渡る。

 しかし、フリーザが述べた様に故障している為か途中で音が途切れてしまう。

 

 

『頼む、動け!!!動いてくれっ!!!

 動けーーーっ!!!ちくしょう…………!!!』

 

 

 何度も発進スイッチを押す悟空だったが、宇宙船が起動する事はなかった。

 だが、事態は一刻の猶予も残されていないのだ。

 大きな揺れが突如として、悟空の乗ったフリーザの宇宙船を襲った。

 

 今や崩壊寸前のナメック星の大地が砕けのか、宇宙船が大きく傾いた。

 その衝撃で床に倒れる悟空。

 

 これでは、例え宇宙船が奇跡的に起動出来たとしても飛び立つ事は不可能だろう。

 

 

「カカロットッ!!!」

「こいつは、いよいよ本格的にヤベェな……」

 

 

 その光景にギネとバーダックの顔にも焦りが宿る。

 

 

「ちょっと、カカロットのヤツ大変な事になってるじゃないか!!!」

 

 

 フリーザを倒した事で浮かれていたセリパ達だったが、水晶から聞こえる音で現実に引き戻されたのか、血相を変えてやってきた。

 

 

「セリパ……」

「ギネ……、フリーザの宇宙船は本当にダメだったんだね……」

 

 

 ギネはやって来たセリパに、悲痛な表情を浮かべた顔を向ける。

 その表情でフリーザの宇宙船が本当にダメだった事を悟ったセリパ達。

 

 

「どうしようもねぇのかよ、バーダック!!!」

「カカロットが乗って来た宇宙船が一応あるみてぇだが、こっからじゃだいぶ距離があるみてぇだ……」

「それじゃぁ、爆発までには無理か……」

 

 

 打つ手なしの状況に地獄のサイヤ人達は何も解決策を見いだす事が出来ないまま、視線を水晶に向ける。

 水晶の中では、未だ激しく揺れ続ける宇宙船の中で倒れていた悟空が、舞空術で身体を宙に浮かべ瞬時に右手からエネルギー波を放ち宇宙船に穴を開け、宇宙船から脱出している姿が映っていた。

 

 脱出した悟空は空中から、先ほどまで自身がいた宇宙船を苦々しい表情で見つめていた。

 宇宙船は半分以上、崩れた地面の中に埋もれていた。

 

 打つ手がない悟空を嘲笑うかの様に、無情にもナメック星の崩壊は刻一刻とその歩みを進めていた。

 異常事態で燻んだ空からは雷鳴が響き渡り、砕けた地面からは溶岩が至る所から吹き出していた。

 

 改めてその絶望的な光景を、目の当たりにした悟空。

 

 

『爆発する……』

 

 

 ポツリと呟く様に吐き出されたその言葉は、悟空自身もはや打つ手がない事への諦めの表れだったのかもしれない……。

 

 

『ちくしょおおおおお…………!!!』

 

 

 黄金のオーラを撒き散らしながら、力の限り咆哮をあげる悟空。

 その切ない咆哮は無人となった、滅びが進むナメック星に虚しく響き渡る……。

 

 

「カカロット……」

 

 

 その姿を地獄から見ていたギネの目から、ついに涙が溢れ落ちていた……。

 周りのサイヤ人達も皆、悲痛の表情でその姿を見つめていた。

 

 自分達の悲願を果たしてくれた最後の同胞が、こんな事で死なねばならない事に、彼らも少なからず思うとところがあったのだろう。

 しかし、いかに伝説の超サイヤ人といえども、サイヤ人である以上宇宙空間では生きられない。

 もはや、最後の同胞に残された運命は”死”だけだろうと、誰もが思っていたその瞬間だった。

 

 

「ん?あれは……、まさか……!!」

 

 

 1人の男が水晶の端に小さく映っていた、その存在に気がついた……。

 その驚きが混じった声に、皆の視線が男の元へ集まる……。

 

 

「どうしたんだい!?バーダック」

 

 

 ギネが声の主であるバーダックに声をかけるとバーダックは、水晶の端を指差す。

 

 

「あの端に映っている小さい玉、1人用のポッドじゃねぇか?」

「えっ!?」

 

 

 その言葉にギネは弾かれた様に、バーダックが指差す場所に視線を向ける。

 

 

「あっ!!!」

  

 

 フリーザの宇宙船の近くであるその場所に、確かに5つの小さな玉が映し出されていた。

 その丸い物体はフリーザ軍に族した事がある者なら、お馴染みの1人用の小型宇宙船だった。

 なぜそれが、こんなところにあるのかというと、フリーザによって召集されたギニュー特戦隊が乗って来たものだった。

 

 

「あれだったら、もしかしてまだ動くんじゃねぇか……??」

 

 

 バーダックのその言葉に地獄のサイヤ人達に、希望の光が宿る。

 しかし、肝心のカカロット事孫悟空は、そのポッドの存在に気づいていなかった。

 

 

「お願い、気づいてカカロット!!あんたは助かるんだよっ……!!!」

 

 

 そんなギネの叫びも虚しく、悟空は悔しさに耐える様に俯き身体を震わせ、ナメック星を見つめていた。

 

 そして、ついにその時はやって来た……。

 ナメック星が収縮を続けた結果、ついに限界に達したのか圧縮したそのエネルギーを解放しようと、大地を突き抜け強力なエネルギーが至る所から吹き出す。

 これまでなんとか形を留めていたナメック星だったが、内包したエネルギーに耐えきれずどんどん姿を崩壊させてゆく。

 

 先程までは異常事態でナメック星全体を薄暗い空が覆い、薄暗かったが今や大地から吹き出したエネルギーが放つ光によって、星全体が光に包まれていた。

 その光景はまるで、ろうそくの炎が消える前に一瞬大きくなる様に最後の輝きを最大限に放とうとしている様だった。

 

 

『くそっ……!!もう……どうしようもねぇのか…………』

 

 

 刻一刻と進むナメック星の滅びを見ながら、悟空は悔しさを滲ませた言葉を吐く。

 

 

「カカロット!!お願い気づいて……」

「あいつ、地球育ちだから、ポッドのこと知らねぇんじゃねぇか??」

「くそっ!!どうにかあいつに伝えられねぇのかよ……!!」

 

 

 地獄からその様子を伺っていたサイヤ人達は、すぐ近くに助かる術があるのに伝えられない事に苛立ちを感じ得なかった。

 

 

「どうするのさ?もう、本当に時間がかないよ……。

 いくら超サイヤ人と言っても、宇宙空間に投げ出されたらカカロット死んじまうよ……!!」

「つっても、どうしようもねぇじゃねぇか……」

 

 

 トーマやセリパ、パンブーキン等が、どうにか悟空に伝える方法がないか模索している中、ギネは1人絶望に押しつぶされそうになっていた。

 ようやく、映像とはいえ再会出来た息子が死ぬ姿を目の当たりにしなければならないとは……。

 世界はどこまで残酷なのか……と、思わずにはいられなかった。

 

 ギネが世界の不条理に打ちのめされている時、いよいよ僅かに形を保っていた悟空が浮いている下の地面が本格的に轟音を立てながら崩れ落ち、溶岩の中に沈み始めた。

 それに伴い、半分ほど地面の中に埋もれていた宇宙船や近くにある、ギニュー特戦隊が乗って来た5つの1人用ポッドも溶岩の中に沈もうとしていた。

 

 

「くそっ……」

 

 

 その様子を見ていたバーダックの悔しそうな声を聞いたギネは、自然と叫び声を上げていた。

 

 

「カカロットーーーーーッ!!!」

 

 

 ギネの悲痛のこもった叫び声が上がった時、偶然なのかもしれないが、水晶の中の俯いていた悟空がピクリと反応を示した。

 そして、漠然と眺めていた崩れ落ちる地面の破片の中に紛れた、その存在についに気がついた……。

 

 

『あれはっ!?』

 

 

 それに気づいてからの悟空の行動は素早かった。

 一瞬で黄金色のオーラを全身に纏った悟空は、瞬時に舞空術で今尚溶岩へと落下している1人用ポッドへと飛び出した。

 

 

「やった!!気づいた!!」

「よっしゃあーーーーーっ!!!」

「急ぎな!!カカロットッ!!!」

 

 

 悟空の行動でポッドの存在に気づいた事を理解した、ギネ達は歓喜の声を上げる。

 

 

『まにあえーーーーーーっ!!!』

 

 

 叫び声をあげながら飛翔する悟空は、何とかポッドが溶岩に落ちる前にたどり着くことができた。

 瞬時にポッドの中に身を滑り込ませると、適当に左右の壁やハッチの裏側にあるスイッチを適当に叩く。

 すると、適当に叩いたスイッチの中に発進スイッチがあったのか、入り口のハッチが閉じ始めた。

 

 

「やったぁーーーーーっ!!!バーダックやったよ!!!

 カカロットは助かるんだ!!!」

「あぁ……、そうだな……」

 

 

 水晶に映し出された、ポッドを見てギネは満面の笑みを浮かべてバーダックに飛びつく。

 ギネに飛びつかれバーダックは、苦笑を浮かべながらも穏やかな声でそれに応える。

 

 

「ギネ見ろ、ポッドが飛んでいくぞ……」

 

 

 バーダックの言葉でバーダックから離れたギネは、再び視線を水晶に向ける。

 水晶の中では、ハッチが閉じたポッドが落下を止め、空中に静止している姿が映し出されていた。

 もう間も無く、宇宙へと猛スピードで飛び出すだろう。

 

 ギネはポッドの入り口に当たる部分に備え付けられた、窓ガラスに視線を向ける。

 そこには、よく見えないが傷だらけとなった息子が確かに存在しているのが分かった。

 どうやら、ポッドが起動した事で安心したのか、超サイヤ人は解除されて元の状態に戻っている様だった。

 

 しかも、これまでの疲労が一気に噴き出したのか、ポッドの中の息子はかなりぐったりしており半分気を失っている様だった。

 

 

「お疲れ様、カカロット……。ゆっくり休みな……え?」

 

 

 ギネが労いの言葉を口に出した瞬間、信じられない事が起こった。

 ギネは目の前に光景に、驚きを隠せなかった……。

 水晶の中のポッドの中にいる息子を見つめていたら、水晶の中の息子がこちらに視線を向けてきたのだ……。

 

 最初は偶然かと思った……。

 しかし、水晶の中の息子は一瞬驚いた顔をしたと思ったら、次の瞬間満面の笑みを浮かべたのだ。

 

 

「えっ……?カ……カカロット……?」

 

 

 だが、奇跡の時間は長くは続かなかった。

 ギネが驚きのあまり息子の名前を口に出したタイミングで、ポッドは宇宙へ向かって猛スピードで飛び出したのだ。

 

 

「あ……」

 

 

 それを呆然と見ている事しか出来なかったギネ。

 水晶の中のポッドは滅びゆくナメック星の中を力強く宇宙へと進んでいく。

 その光景を見たギネは、ふいに昔の事を思い出していた……。

 

 数十年前も彼女は息子を、カカロットをこうやって見送ったのだ……。

 あの時は、いつか必ず迎えに行くと彼女は心に決め、息子を見送った。

 しかし、それは終ぞ叶う事がなかった……。

 

 だが、息子は送られた星で立派に成長して、彼女の前に姿を現した……。

 だったら、母である彼女に出来る事はただ1つだった。

 

 

(あんはた、地球で幸せになりな。カカロット……)

 

 

 母の願いを託して力強く進みゆくポッドが、水晶から姿を消した。

 その瞬間、水晶の中からこれまで聞いた事がないほどの爆発音と、閃光が地獄を照らした。

 爆発音が収まり、地獄のサイヤ人達が水晶に視線を向けると、そこには何も映し出されていない、彼らが見慣れたいくつもの強大な針の上に鎮座した巨大な水晶だけが、変わらず存在するだけだった。

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