ドラゴンボール -地獄からの観戦者- 孫悟空VSバーダック編 1

ここは、大界王星。
銀河中の英雄達が集う土地……。
生前、様々な功績を残した英雄が、その功績を認められ、死後もその先の領域へ至る為、自己を鍛えるのが許された土地……。
そんな土地で、一際高さを誇る山の頂で1人の男が、座禅を組み、瞑想し己自身と向き合っていた。
その男の名は、孫悟空。
しかし、この名は彼の本当の名では無い……。
生来の名は、カカロット。
惑星ベジータで生まれ、戦闘力の低さから下級戦士と判断され、生まれて間も無く地球を滅ぼす為(そういう事になっている)に送り込まれたサイヤ人だ。
しかし、運命とは面白いもので、地球に送られたカカロットは、地球へ送られて間も無く誤って崖から落ち、その際に頭を強打し、彼は生来の名と共にサイヤ人の凶暴性を喪失してしまう。
それから、彼は地球人、孫悟空として生きる事になる。
自分を拾い、育て最初の道を示してくれた祖父、孫悟飯。
出会いは最悪だったが、自分を閉ざされた世界から連れ出してくれた最初の友、ブルマ。
初めてのライバル、ヤムチャ。
自分の武道の根幹を作った生涯の師、亀仙人。
苦楽を共にした生涯の親友、クリリン。
互いの武をぶつけ合った、天津飯。
最初は敵だったが、多くの助けを受けた、ピッコロ。
サイヤ人の誇りを自分へ伝えてくれた生涯のライバル、ベジータ。
未来を変えるべく、自分を延命させる為に時を超えた少年、トランクス。
常に自分を信じ支えてくれた妻、チチ。
自分を親という存在にしてくれて、死ぬ前に自分を超えた姿を見せてくれた息子、孫悟飯。
その他、多くの者たちと出会い、世界を旅し、世界の広さを知り、己を知った。
その中で、多くの者達と戦い、気が付けば、地球や宇宙を救っていた。
そんな摩訶不思議なアドベンチャーみたいな、人生を歩んできた孫悟空。
しかし、何事にも終わりがある様に、孫悟空の人生にも終わりが訪れる。
孫悟空は、人造人間セルとの戦いで地球や、仲間、家族を守る為に、その命を散らしたのだ。
その様な経緯を経て、あの世へやってきた孫悟空。
そんな、孫悟空が非業の死を遂げ、あの世にやって来てから既に6年もの年月が経とうとしていた……。
「ふぅ、どうもダメだな……」
眼を開いた、悟空は一息吐くとポツリと呟く。
そして、その表情はどこか優れなかった。
悟空はここ半月程とある目的の為に修行を行なっていたのだが、どうもそれが上手くいっていないのだ。
悟空は徐に立ち上がると、人差し指と中指を立て額に当てる。
そして、その場から姿を消す……。
シュン!という音共に移動したその場は、悟空が先程までいた山の麓の巨大な湖だった。
そこに、ビーチパラソルの下に備えたビーチチェアに横になり、車の雑誌を読んでいる界王の姿があった。
界王は雑誌から視線を外し、悟空に目を向ける。
「ん? 戻ったか、悟空」
「おう! ただいま界王様」
悟空は、界王の横に座ると目の前の巨大な湖に目を向ける。
陽の光をキラキラと反射させる湖面。
そして、爽やかな風が自分の頬を撫でる。
山育ちの悟空にとって、こういう穏やかな光景はすごく落ち着いた。
「それで、どうだった……?」
横から声をかけられた、悟空は視線を界王に向ける事なく、口を開く。
「今日もダメだった……」
「そうか……、まぁ、そう簡単にいくもんでも無いだろうからなぁ〜。
気長にやればいい、お前には時間があるんだ……」
「そうだな、でも、感覚からしてもうちょっとだと思うんだよなぁーっ」
悟空の言葉に、界王は呆れた声で口を開く。
「超サイヤ人を超えた超サイヤ人をさらに超えるか……、お前一体どこまで強くなる気なんだぁ?」
「何だよ? 強くなる事はいい事だろ?」
界王の言葉にむくれた表情で応える悟空。
そんな悟空にやれやれと言った表情を浮かべる界王。
「はぁ、お前にそんなこと言うだけ無駄か……。
それで、最近ずっと座禅を組んで瞑想しておるが何か進展はあったのか?」
「いや、正直変わりねぇな……。
感覚的には、超サイヤ人2に初めてなった時と似てんだけどなぁ……。
だから、超サイヤ人2の壁を超えた領域に片足を突っ込んでるのは間違いねぇと思うんだけど……、どうもなぁ……」
会話から分かるように、悟空が行っていた修行とは超サイヤ人2の壁を超える修行だった。
あの世に来て間もない頃、大界王星で修行を始めた悟空は、セルゲームの時に息子の悟飯が見せた超サイヤ人を超えた超サイヤ人……超サイヤ人2の領域に至る事を目標としていた。
だが、その領域には2年もしない内に到達する事が出来た。
これは、悟空があの世に来る前からかなり修行を積んでいた事と、師である界王のおかげでここまで短時間でこの領域に至ったのだ。
それからは、界王の指導や自分で考えた様々な修行を行い、自分を高めて来た……。
そんな悟空だったが、半月ほど前から超サイヤ人2で修行を行っていると違和感を覚える事が多々増え始めたのだ……。
ごく稀にだが、自分が把握している以上の力が出る時があるのだ。
そして、悟空には過去にこれと似た様な経験をした事があった。
そう、超サイヤ人2の領域に至ろうとした時だ。
その経験から、悟空は自分が超サイヤ人2の壁を越えへ新たな領域に足を踏み入れようとしている事を自覚する。
それから、超サイヤ人2の壁を超えるべく修行を行なっているのだが、その修行が難航しているのだ。
「超サイヤ人2の時は、先に完成形を見てたからなぁ……。
だから、そこまで大変じゃなかったけど、今回はそいつがねぇからなぁー。
時間がかかるのはしょうがねぇ……。
けど、何となく分かんだ……。
超サイヤ人2を超えた領域……超サイヤ人3は2とは比べモンにならねぇくらいスゲェってな……」
真っ直ぐ前を見ながら、自分の新たな可能性をワクワクした表情で語る悟空。
そんな悟空の姿を見て、界王は無意識にポツリと呟く。
「お前は、初めて会った時から全然変わらんなー」
「ん? 何か言ったか、界王様?」
界王の呟きが聞こえたのか、悟空が視線を界王に向ける。
「何でもないわ!!」
「? ……ま、いっか。 それより界王様、オラ腹減っちまったぞ……、メシ食いに行こうぜ!!」
自分の吐いた言葉が小っ恥ずかしくなった界王は、慌てた様子でそっぷを向く。
その界王の様子に首を傾げる悟空。
しかし、それも束の間、悟空は己の欲求を解消するべく立ち上がる。
「お前、仮にも死人じゃろうが!!」
「死んでても腹は減るんだから、しょうがねぇだろ!!」
立ち上がった悟空に呆れた表情の界王。
だが、死んでも解消されないサイヤ人の3大欲求の1つ空腹に襲われた悟空は、腹を摩りながら反論する。
そんな悟空にやれやれと首を振りながら、ビーチチェアから起き上がる界王。
「ったく、お前はしょうがない奴だな……」
そう言いながら悟空に触れる界王。
界王が自分に触れた事を確認した悟空は、人差し指と中指を立て額に当てる。
「んじゃ、行くぞーーーっ!! えっと、バブルスの気は……、あった!!!」
悟空はメシの事を考え、笑顔を浮かべながら界王の付き人である、猿のバブルスの気を探る。
そして、バブルスの気を即座に感知し、シュン!という音共にその場から姿を消す……。
「よっ! バブルス!!」
「ウホッ!!」
移動した悟空と界王の目の前に、猿のバブルスが立っていた。
悟空がバブルスに声をかけると、バブルスも片手を上げ、悟空に応える。
そして、悟空は今立っているのが、いつも界王と暮らしている家ではなく、外である事に気がつく。
「あり? 何処だ、ここ? ……ああ、大界王殿の前か」
「ウホッ!!」
しかし、視線を動かしてすぐに見覚えがある建物を発見し、自分達がいる場所を認識する。
それを肯定する様に、バブルスが返事を返す。
「オメェ、こんなところで何やってんだ?」
「どうせ、散歩でもしておったのだろう」
「ウホォ!!」
バブルスが大界王殿の前にいる事に疑問を覚えた悟空は、バブルスに問いかけるが、バブルスより先に界王が口を開く。
そして、界王の言葉を肯定する様に、バブルスは肯く。
「ふーん、なぁ、バブルス、オラ達今からメシ食いに行くけど、オメェも一緒に行くか?」
「ウホォ、ウホォ!!」
「よし、じゃあ行くか!!!」
悟空が食事に誘うと、喜んだ様に飛び跳ねるバブルス。
そんなバブルスにニカッ!と笑みを見せた悟空は、界王とバブルスを連れ、飯屋に向かおうとしたその瞬間、悟空達に声がかけられる。
「あら? そこにいるのは、北の界王ちゃんと、悟空ちゃんじゃなぁ〜い!!」
「ん?」
声をかけられた悟空達は、声がした方に視線を向ける。
すると、そこには上下デニムでブーツを履き、肩にラジカセを担ぎサングラスをかけた、大層ファンキーな爺様事大界王が立っていた。
「「大界王様っ!?」」
「はぁーい!!!」
悟空達が驚きの声を上げると、大界王は片手を上げフランクに返事を返す。
大界王の出現にとっさに跪く、界王とバブルス。
そこでギョッ!とした表情で未だ立ったままの悟空に目を向ける界王。
「これこれこれこれ悟空っ!! 頭が高い!頭が!!」
「あっ、いきなり何すんだよ!? 界王様!!」
悟空の様子に気付いた界王は即座に悟空の頭を掴み、跪かせ様とする。
そして、突然頭を掴まれた悟空は、驚きの声を上げる。
そんな2人のやりとりを見た大界王は、口を開く大界王。
「あーあー、いいから!いいから! 北の界王ちゃん」
「へ?」
大界王の言葉に悟空の頭を掴んだまま驚きの、表情を向ける界王。
そんな界王を無視して、大界王は悟空に目を向ける。
「ほぉ……!! ふむ……、これは、これは……」
「「「?」」」
悟空をじっと見たまま、何やら思案げな表情を浮かべる大界王。
突然の大界王の様子に、首を傾げる3人。
しばらくそんな時間が続いたが、大界王の様子にうかつに口を挟めない悟空と界王。
しかし、その時間も長くは続かなかった。
「なるほど……、しばらく会わない間に随分鍛えたみたいねぇ……、悟空ちゃん……」
「え? あ、ああ……、まぁな……」
沈黙を破り悟空の眼を見て口を開く大界王。
気のせいか大海王の雰囲気が先程までの軽いものから、一気に重くなった様に感じる悟空。
その為、返事に戸惑いの感情が宿ってしまった。
そんな、悟空を無視して再び大界王が口を開く。
「しかも、今新たな領域に足を踏み入れようとしている……。
けど、それがなかなか上手くいっていない……、そうよね……?」
「!? 分かんのかっ!?」
大界王の言葉に驚きの声を上げる悟空。
だが、大界王はまたしても悟空を無視して口を開く。
「悟空ちゃん、君これから地獄に行って来なさい!!」
「へ?」
突然の大界王の言葉に、惚けた表情を浮かべる悟空。
だが、すぐに言葉を理解して口を開く悟空。
「えっと、地獄ってあの地獄だよな……? どうして、突然そんな所へ??」
大界王の言葉の意味がわからなかった悟空は、人差し指を下に向け、問いかける。
悟空の言葉に頷く大界王。
「そこに、悟空ちゃんを次なる領域へ導く者がいるからよん!!」
「導く者……、だって……?」
急に軽い口調で、悟空の問いに答える大界王。
そして、その言葉を反芻するかの様に言葉に載せる悟空。
だが、それも束の間真剣な表情で、大界王に問いかける悟空。
「何者だ? そいつ……」
「その子は、君と同じサイヤ人で、伝説の黄金の戦士の更に先の領域に至る者……。 今の悟空ちゃんと同じ様にね……」
ギラッ!とサングラスを光らせながら、応える大界王。
まるで、サングラスの下の眼まで鋭い眼差しを浮かべている様だった。
だが、そんな事今の悟空には、関係なかった……。
何故なら、彼の口にはいつもの……あの強い奴と戦える時のワクワクとした笑みが浮かんでいたからだ。
「つまり……、そいつもオラと同じ様に超サイヤ人を超えた超サイヤ人……超サイヤ人2の力を持ってるって事か!!」
「そういうことっ!!」
悟空の言葉に笑みを浮かべる大界王。
そこで、悟空の横にいた界王が口を開く。
「あの、大界王様……、地獄に行ってその者と会い、悟空は何をすれば良いのでしょうか……?」
「そんなもん決まってんだろ、界王様!!」
「へ?」
界王の質問に、大界王が答えるよりも先に悟空がさも当然と口を開き、大界王に不敵な笑みを向ける。
そんな悟空の様子に訳が分からないと、呆けた顔を向ける界王。
界王の視線の先の悟空は、大界王に向け口を開く。
「大界王様は、地獄に行ってそいつと戦ってこい!って言ってんだ!! そうだよな??」
悟空の言葉に、満面の笑みを浮かべ肯く大界王。
「へへっ……! ワクワクすんなぁーーーっ!!!
あの世一武道会以降、強えヤツと戦えなかったからなぁ……」
まだ見ぬ対戦相手を思って、喜びの声を上げる悟空。
「なぁ!なぁ! もう、オラそいつと戦いに行ってもいいんかっ??」
悟空は興奮した様子で、大界王に詰め寄る悟空。
「ほっほほほ……、いいんじゃなぁい!」
「よぉーーーし、それじゃさっそく……」
ぐぅーーーーーーーーーーっ!!!!!
悟空が地獄へ向かう為に舞空術を行おうとした瞬間、獣の泣き声の様な異音が周囲に響き渡る。
その場にいる全員の視線が、悟空に集中する……。
「は、ははっ……。 そういや、オラ腹が減ってるんだった……」
照れた様に、頭をかく悟空。
その様子に、ズッコケる界王とバブルス……。
そして、流石の大界王も頭に冷や汗を浮かべる。
そんな、周りの事などお構いなしに、話を進める我らが孫悟空。
「よし! 闘いの前に、まずはメシだな!!
メシを喰わねぇと、力でねぇしな!!
じゃ、大界王様、オラ、メシ喰ったら地獄に向かうから!! んじゃな!!!」
そう言いながら、飯屋へ向け駆け出す悟空。
「ああ……」
呆けた様子でその場に取り残される、大界王と界王とバブルス。
しかし、悟空と付き合いの長い界王は、すぐさまハッ!とした様な表情を浮かべ、現実へ帰還する。
「そ、それでは大界王様、私達もこれにて失礼させていただきますっ!!
行くぞ、バブルス君!! 待てぇーーーっ、悟空ぅーーーっ!!!」
界王は悟空を追うべく、大界王に頭を下げると、バブルスを連れ悟空が向かった方に駆け出す。
3人が慌ただしく去った後、1人残された大界王は複雑そうな表情で3人が駆けていった方向を見つめる。
「ふぅ、時の界王神様に言われて、悟空ちゃんを地獄へ誘導する事には成功したけど……、一体今から何が起こるのかしら……」
大界王が言葉にした様に、今日彼が悟空達の前に姿を現したのは偶然ではなかった……。
彼は、今日の朝トキトキ都にいる時の界王神から1つ指令を受けていたのだ。
その指令とは……。
『孫悟空の力を見極め、彼が次なる領域に至りかけているのであれば、地獄へ導け』
というものだった。
何故、こんな指令が送られて来たのか、大界王にはその真意が分からない。
だが、歴史を管理する時の界王神がわざわざ指令を出したという事は、この世界の正しい歴史に必要であるという事だ。
いかに大界王といけど、現在の時間の中に生きる者である事に変わりはない。
それ故に、大界王も未来の事は知り得ないのだ……。
「でも、まぁ……悟空ちゃんなら、なんとかするでしょ!!」
そう言いながら、ルンルンと軽い足取りで大界王殿に足を向ける大界王。
「見せてもらうわよん! 悟空ちゃん!!」
足取りと同じ様に軽い口調で言葉を紡ぐ大界王。
これから起こる出来事が、きっと楽しいモノであると確信して。
ガツガツガツガツガツ……モグモグ……。
机いっぱいに積み上げられた大小様々な皿。
そして、それを呆れた様な表情で見つめる、神と付き人。
彼らの視線の先では、今なお皿を積み上げる1人の男が幸せそうな顔して、食事を楽しんでいた。
だが、そんな時間もようやく終わりを迎える。
これまで小気味よい音を立てていた、彼の箸の音が止まったのだ。
それと同時に、ドン!と皿を置く音が飯屋中に響き渡る。
「ぷはーーーっ!!! 食った!!食った!! 美味かったぁーーーっ!!!」
満足そうな表情で、笑顔を浮かべる悟空。
「毎度毎度、お前は本当によく食うなぁ……」
「ウホォ!!!」
悟空が積み立てた皿の山を見ながら、界王とバブルスが呆れた声を上げる。
そんな界王達を尻目に、椅子から立ち上がる悟空。
「さてと……」
悟空の様子に、これからの悟空の行動を予測する界王。
「行くのか?」
「ああ!!」
大界王の言葉に、ワクワクした表情で言葉を返す悟空。
そんな悟空に、しょうがない奴だなぁ〜と言った表情を浮かべる界王。
「まぁ、気を付けて行ってこい!! ワシはこちらからしっかり見させてもらうからな!!!」
「ああ!!」
そう言って、ふわりと浮き上がる悟空。
しかし、それを慌てた様で止める界王。
「ちょ、ちょっと待て! 悟空!!」
「何だよ? 界王様」
出鼻を挫かれたからか、不満そうな表情を界王に向ける悟空。
「地獄に行くなら、閻魔のところから行け!!」
「え? 何でだ? 前にフリーザ達を止めに行った時は、直接行けたじゃねぇか??」
「あれは、緊急事態だったからじゃ!! 本当はあの世の住人が簡単に地獄へ行ってはいかんのだ」
「へぇー、そうなんか……。 じゃあ、しょうがねぇなぁ……」
そう言うと悟空は、浮いていた身体を地面に付ける。
そして、人差し指と中指を立て額に当てる。
「えっと、閻魔のおっちゃんの気は……、あった!!! んじゃ、界王様行ってくる!!!」
「うむ!」
シュン!と風を切る様な音と共に、大界王星から姿を消す孫悟空。
ここは、閻魔界。
見渡す限り黄色い雲に覆われた世界。
その世界には1つの宮殿が立っていた。
その宮殿の中で、今日も業務に勤しんでいる巨漢の男がいた。
その男の名は、閻魔大王。
この世とあの世の法則を司り、死者の魂に絶対の権力とあの世を司る力を持つ、言うならば死者の世界の管理者だ。
彼の仕事の1つに死者の判決といいうものがある。
これは、死後閻魔宮に訪れた魂の生前の行いを、手元の閻魔帳に基づいて瞬時に見極め、天国行きか地獄行きかの決定を行なっていくというものだ。
彼が座っている机の上には、数多の書類や、台帳がのっかっており彼の仕事量がそれだけで伺える。
「天国行き……、地獄行き……、地獄行き……、天国行き……、地獄行き……」
閻魔大王が判決を下し、ハンコを押した死者の書類が彼の机の下に用意されている箱に次々と収まっていく。
そうやって、いつも通り業務をこなしている閻魔大王の耳に、シュン!という風を切り裂く様な音が聞こえて来た。
「ん?」
閻魔大王は、書類から眼を離し、机の下に目を向ける。
そこには、1人の男が立っていた。
「よう!」
気軽な様子で、手を上げ自身に挨拶をする男。
そして、その男は閻魔大王も知っている男だった。
「おおぉ!! 孫悟空ではないか!! どうした突然」
突然の来訪者に机から身を乗り出し、喜びの声を上げる閻魔大王。
そんな閻魔大王に、悟空も笑みを浮かべる。
「久しぶりだな! 閻魔のおっちゃん!
あのよ、オラちょっと地獄に用事があんだけど、行っていいか?」
「ん? 地獄へ? どうして突然……?」
悟空の言葉に、首を傾げる閻魔大王。
「なんか、大界王様から地獄に強えヤツがいるから、そいつと闘ってこいって言われてさ!!!」
「大界王様から……? もしかして、あいつの事か……?」
悟空の言葉を聞いた閻魔大王は、脳裏に1人の男の姿を思い浮かべる。
閻魔大王の様子に悟空が再び口を開く。
「ん? おっちゃん、そいつの事知ってんのか?」
「ああ……、まぁ……な……」
悟空の問いに曖昧な様子で、応える閻魔大王。
「大界王様から聞いたんだけど、そいつもオラと同じサイヤ人なんだろ?」
「ああ……。 フリーザが惑星ベジータを滅ぼした時に、共に散ったサイヤ人だ」
「そうなんか……、フリーザに……」
閻魔大王の言葉を聞いた悟空は、若干表情を暗くする。
フリーザの件は、同じサイヤ人である悟空やトランクスが片を付けた。
だが、改めて滅ぼされたサイヤ人の話を聞くと、どういう反応をしていいのか分からないのだ……。
そういう奴らが実際にいたのは、知っていた。
ナメック星での戦いでは、そいつらの想いも背負って戦った。
だが、改めて聞かされると何とも言えない気分が襲って来た。
そんな悟空の内心を察してか、閻魔大王が口を開く。
「まぁ、あやつもお前みたいに強い奴と闘えれば嬉しかろう……。
悟空、お前の地獄への進入を許可しよう」
「あっ、ああ……、サンキュー、閻魔のおっちゃん!!」
閻魔大王の言葉に、悟空は思考を打ち切り、閻魔大王に礼を述べる悟空。
「あちらの通路を抜けると、地獄へ行くことが出来る」
閻魔大王は、自分から見て左手の通路を指差し悟空を案内する。
「分かった! あんがとな、おっちゃん!!」
そう言うと、悟空は閻魔大王に背を向け歩き出す。
そんな悟空の背を見ながら、閻魔大王はポツリと口を開く。
「思わぬ形ではあったが、お前の望みがようやく叶うのだな……、バーダック」
そう言いながら、閻魔大王は数年前にこの場で交わした約束のことを思い出す……。
(お前は、ワシとの約束を守って、タイムパトロールとなってくれた……。
その報酬として、息子である悟空と闘わせる約束を交わした。
だが、お前は悟空があの世に来ても、闘わせろとは一言も言わなかった。
しかし……、ついにその時がやって来たのだな……)
「お前の想いと力、存分に息子にぶつけるといい……、バーダック」
もうしばらくすると、地獄では大規模な戦闘が行われる事だろう。
あの2人の人格や、大界王様が絡んでいる事を考えれば、地獄への被害は最小限で収まるだろう。
「さて、ワシも早く仕事を終わらせねばな!! あの2人の闘いなど、見逃せるものかっ!!!」
そう気合を入れ直しながら、手元の書類に眼を向ける閻魔大王。
閻魔大王に言われた閻魔宮の通路を抜けると、悟空の視界には以前訪れた地獄の景色が広がっていた。
地獄のどこか生暖かい風が、悟空の頬を撫でる。
悟空は地獄の景色を見ながら、ポツリと呟く。
「フリーザにやられたサイヤ人か……、どんなヤツなんだろうな……」
だが、それも束の間、悟空は真っ直ぐ地獄の風景を見つめる。
「ま、いっか! 考えた所でしょうがねぇ、とにかく会えばわかんだろ!!」
そう言って、悟空はふわりと浮き上がると、身体から真っ白いオーラを身に纏う。
次の瞬間、凄まじいスピードで地獄の空を飛翔する。
「楽しみだなぁ!!! オラ達以外の超サイヤ人なんてよ!!!」
ワクワクした表情で飛翔していた悟空だったが、突如空中で停止する。
「そう言えば……、オラそのサイヤ人が何処にいるのか知らねぇや……。
それどころか、そいつの名前も知らねぇ……。 どうっすかな……」
そう、悟空は肝心な対戦相手の事を一切聞かないで、ここまでやって来てしまったのだ。
それに気付いた悟空は、空中で頭を抱える。
「しょうがねぇ、一か八かサイヤ人の気を探ってみるか……」
悟空は、人差し指と中指を立て額に当て眼を瞑る。
そして、広大な地獄の中からサイヤ人の気を探り始める……。
すると、悟空の感覚がサイヤ人らしき気を感知する。
しかも、1つ2つではなく、複数感知したのだ……。
どうやら、地獄のサイヤ人達は1カ所に集まって暮らしている様だ。
そして、その中で知っている気を発見する。
「こいつは……、確か……ラディッツとあの時ベジータと一緒にいたサイヤ人の気だ……」
悟空の脳内に2人のサイヤ人の姿が浮かび上がる。
だが、今回用があるのは、この2人ではない。
悟空は更に感知に集中する。
すると、複数のサイヤ人の気の集まりから、少し離れた場所にもう2つサイヤ人の気を感知したのだ。
そして、その1つの気を感知した瞬間、悟空の表情が激変する。
「見つけたぁ!!!」
喜びの感情を爆発させた悟空は、次の瞬間、シュン!という音と共に姿を消す。
まだ、見ぬ強敵を求めて……。
地獄に住むサイヤ人達の集落の近くの荒野で、1人の男が佇んでいた。
男は、師匠である男に、今日この場所にいる様に言われたのだ……。
正直、訳が分からなかったが、師であるあの男が今の自分に無駄な事をさせるはずがない。という信頼感だけは持っていた。
その為、師の言葉にしたがって、ここにやって来た。
「ったくよぉ、トランクスのヤツ、何だってこんな所にオレを呼び出したんだ……?」
だが、いつまで経っても何も起こらない事に、苛立ちを込めた様に言葉を吐く。
そう、この男こそ、今回の物語のもう1人の主人公、サイヤ人カカロット事孫悟空の父、バーダックだ。
「ようやく、超サイヤ人2の力を身に付けて、修行もいい感じに進んでやがったのに……。
これがくだらない用事だったら、あいつ覚えてろよ!!」
6年前、トランクスから、いずれ悟空が生き返る事を知らされたバーダック。
そして、その際に悟空の持つ力が宇宙の命運を左右すると聞かされていた。
その為には、孫悟空があの世にいる間に、力を高める必要があるのだ。
サイヤ人は、戦いの中でこそ、その真価を発揮する。
孫悟空が、さらなる高みに至るには、全力でぶつかれる相手が必要となる。
その相手に選ばれたのが、バーダックだった。
元々悟空と戦いたかったバーダックは、その提案に2つ返事で飛びついた。
そして、それからは、悟空を超える為に、師であるトランクスと修行に励んできたのだ。
その甲斐あってか、今のバーダックは超サイヤ人の壁を超え超サイヤ人2を大きく超える領域に至っていた。
「はぁ……、あと5分経って何も起こらなかったら、引き上げるか……。
勝手について来た、あいつには悪いけどな……」
バーダックは、そう言いながら、自分から少し離れた岩場に呆れた様な表情を向ける。
だが、次の瞬間バーダックの表情が驚愕に染まる。
シュン!という風を切り裂く様な音と共に、背後に懐かしい気配を持った強大な気が背後に現れるたのだ……。
バーダックはゆっくりと振り返る……。
そこには、自分と似た髪型や顔を持ちながらも、目元は自分の妻の血を感じさせる男が立っていた……。
何度もその姿を見た……。
死ぬ前に散々苦しめられた予知で……。
ナメック星でのフリーザとの戦いで……。
あの世で一番の強者を決める戦いで……。
そして、幾度も仮想敵として想像した、自身の脳内で……。
その度に、自身の心は突き動かされ、身体をアツくさせた……。
こいつと本気で闘ってみたいと……。
そんな、男が今、自身の目の前に確かに立っていた。
バーダックは、自分の昂る心を必死に抑えながら、真っ直ぐ男の眼を見据える。
そんな、バーダックに男は笑みを浮かべる。
「よう!」
そう言って、右手を上げ笑みを深めた男……、孫悟空事カカロット。
死後の罪人を裁く土地で、ついに再会を果たした父親と息子……。
今、地獄史上最強の親子対決が始まろうとしていた……。