ドラゴンボール -地獄からの観戦者- 番外編 祖父との再会01

 物語は本編から数年前に遡る……。

 今回の物語は、あの世一武道会が終わって1週間程立った頃の事である……。

 

 あの世一武道会でパイクーハンという強敵と闘った孫悟空。

 結果的には、悟空が勝利を治める形となったが、当の悟空自身は正直あの戦いで勝利出来たのは半分運が良かったと考えていた。

 それからの彼は、次こそはちゃんと実力でパイクーハンに勝つ為に、修行に精を出す毎日を送っていた。

 

 

「はぁっ!! だりゃぁ!! だだだだだっ!!!」

 

 

 両手両足に界王お手製の重りを身に付け、次々と風を切り裂く様な鋭い突きや蹴りを繰り出す悟空。

 そんな悟空の側で、どこか呆れた様な表情を浮かべ視線を向ける存在が立っていた。

 その視線に気付いたのか、悟空は動きを止め視線を向ける。

 

 

「ん? どうしたんだ界王様? そんな顔してよ?」

「はぁ……」

 

 

 そう、呆れた様子で悟空を見つめていたのは、彼の師でもある界王だった。

 そして、悟空に声を掛けられた界王は、弟子の言葉に大きな溜息を返す。

 そんな師の様子に首を傾げる悟空。

 

 

「何だよ、変な顔してよ……?」

「悟空よ、ついこの間あの世一武道会が終わったばかりだと言うのに、毎日毎日修行ばかりして、よく飽きんなぁ……」

 

 

 どこか呆れの混じった界王の言葉に、眉を八の字にし不満そうな表情をする悟空。

 

 

「だってよぉ、界王様だってこの間の試合見ただろ……?

 あの、パイクーハンの強さをさ!!」

「まぁなぁ〜。 確かにパイクーハンは強かったなぁ……」

 

 

 悟空の言葉を受け、界王もあの世一武道会で見たパイクーハンの姿を思い出す。

 その所作の一つ一つが洗練されていて、長年様々な武道家を見て来た界王からしても、彼はズバ抜けていた。

 そんな相手と闘ったのであれば、悟空が刺激を受けるのも納得出来る。

 

 そんな事を界王が考えていると、更に悟空の声が聞こえて来た。

 

 

「それにさ、セルと戦った時の悟飯みたい超サイヤ人の先なんてモンまで、あんだぜ!?

 オラはきっとまだまだ強くなれる!!!

 そう考えるとオラ、ワクワクが止まらねぇんだ!!!」

 

 

 太陽の様な笑顔で、自身が強くなる事が楽しくてしょうがないと述べる悟空。

 そんな悟空の姿に、界王はまたしても内心でため息を吐く。

 悟空が修行の虫だという事は、これまでの付き合いから嫌というほど分かっていた。

 

 しかし、こうも毎日修行しかしていない姿を見ると、こいつには他にやりたい事はないのだろうか?と思ってしまったのだ。

 しかも、悟空があの世に来てから、まだ1週間とちょっとしか経っていない。

 普通、新しい土地に来れば、どんな所があるのかとか観光ではないが見て回ったりするものだが、悟空はそんな事は一切無かった。

 

 初めて界王と共に現在修行している大界王星に訪れてからは、今みたいに修行しているか、同じく北の銀河出身のあの世の達人達と手合わせしているかのどちらかだった。

 まぁ、修行の虫であり戦闘バカである悟空からすれば、大いにあの世を満喫しているといっていいだろう。

 その点については界王自身も、予想できていたので特に文句はない。

 

 それに、悟空があの世でも肉体を持つ事が許されているのは、生前の功績が認められ、あの世でも修行を積むためだからだ。

 なので、悟空の行動は何一つ間違ってはいないのだが、流石に最近の悟空の修行の熱の入れ方はちょっと異常だった。

 生前であれば、寿命や肉体の衰え等、出来る事に対して色々な期限が存在するが、あの世ではそんな事は一切ない。

 

 むしろ、悟空はこれから悠久の時を過ごさねばならないのだ。

 それを考えれば、もう少し余裕を持って物事に取り組んでも良いのではないか?と自身が悠久の時を過ごす者としての経験から、界王は思ったのだ。

 生前と同じ感覚で、物事を行っていると、歳をとったりしない分、いずれ代わり映えのしない毎日に、精神が磨耗したりする者がたまに現れたりするのだ。

 

 悟空の性格を考えれば、そんな心配は正直杞憂であろうと界王は思っている。

 だが、それでも楽しい事は長く続けば続く程、あの世での生活が楽しめるのも確かだ。 

 なので、界王は悟空に修行以外でもあの世での生活に、楽しみを見いだして欲しいと思っていた。

 

 

「悟空よ、お前が強くなりたいのは、よぉーーーく分かった。

 だが、お前は死人なのだから時間は沢山ある……。

 修行をするものいいが、たまには他にやりたい事とかないのか?」

「え?修行以外……? う〜ん……何かあっかなぁ……」

 

 

 界王の問いかけに、悟空は腕を組み考えるように首を捻る。

 しかし、しばらく待っても悟空からの回答が得られなかった為、再び界王の口が開く。

 

 

「例えば、会いたい者とかおらんのか?

 せっかくあの世に来たのだから、現世では会えなかったヤツにも会えるじゃろ?」

「会いてぇヤツか……」

 

 

 界王からしたら、あの世ならではのつもりで口にした事だったが、悟空は界王の言葉で、少し表情を曇らせる。

 

 

「ん?」

 

 

 珍しい様子の悟空に気づいた界王は、不思議そうに首を傾げる。

 そんな、界王の視線に気づいたのか、悟空は困った様な表情を浮かべ、観念した様に溜息を吐く。

 

 

「はぁ……、実はあの世に来た時から会いに行かなきゃなんねぇ……って、ずっと思ってる人がいんだ……」

「ほぉ、お前にもそんな者がおったのか!!」

 

 

 悟空から飛び出した言葉に、界王は珍しいと感じたのか、少し驚いた表情を浮かべる。

 そんな界王の姿に、悟空は苦笑を浮かべる。

 

 

「まぁな……」

「して、何者なんじゃそいつは?」

 

 

 普段あまり見せない反応をする悟空が珍しく、悟空にそんな態度をとらせる存在が気になった界王は、何者か問いかける。

 界王の問いかけに、悟空は何処か憂いを帯びた表情を浮かべ、その存在の名を告げる……。

 

 

「オラのじいちゃんだ……」

 

 

 悟空の口から飛び出した名に、これまで何処か面白半分に聞いていた界王の表情が真剣なものへと変わる。

 

 

「じいちゃんと言う事は、地球へ流れ着いたお前を拾い、育てた者の事だな……?」

「ああ……」

 

 

 以前、悟空の身の上話を聞かされた事があった界王は、悟空が述べたじいちゃんが彼にとってどういう存在なのか、瞬時に見当がついた。

 そして、だからこそ、悟空の態度や言葉に違和感を感じずにはいられなかった。

 

 

「会いたい者がいるのなら、何故会いに行かん?」

「……」

 

 

 界王は悟空から祖父は幼い頃に亡くなったと聞いていた。

 話を聞いている感じ、悟空はとても祖父の事を大切に思っている印象を受けた。

 しかし、そんな相手とようやく再会出来る様になったというのに、悟空が祖父との再会を迷っている様に界王は感じた。

 

 現に、界王が問いかけても悟空は押し黙ったまま、口を開こうとしない……。

 その様は、いつもあっけらかんとしている悟空からは考えられない姿だった。

 そんな悟空の姿に、界王は他人が簡単に踏み込んだら不味い話題だったと察するには十分だった。

 

 この気まずい空気を変えるべく、界王が話題を変えようと口を開こうとしたそのタイミングで、今まで黙っていた悟空が静かに口を開く。

 

 

「オラさ……、ガキの頃に、無意識の内にじいちゃんを殺しちまってんだよ……」

「!?」

 

 

 突如飛び出した爆弾発言に、驚愕の表情を浮かべ悟空を見つめる界王。

 その表情には驚愕のほかに困惑の感情も浮かんでいた。

 悟空との付き合いがそこそこ長い界王からしてみれば、悟空が無意識とはいえ、殺人を犯す筈が無いと知っていたからだ。

 

 ましてや、自身が大事に想っている祖父となれば尚更だ……。

 そんな悟空が、どうしてそんな事にと……。

 その様な感情が宿った表情で悟空を見つめる界王。

 

 そして、悟空の方も界王と顔を合わせる事は無かったが、自身を見つめる界王の内心を察したのか、再び口を開く。

 

 

「界王様も知ってると思うけど、オラ達サイヤ人は満月を見ると大猿になっちまうだろ……?」

「あ、ああ……。 あ!そういう事か!!」

 

 

 悟空の言葉を聞いた界王は、思わず声を上げる。

 サイヤ人の特性を知っている界王は、その僅かな言葉だけで、何故悟空が祖父を殺してしまったのか、正確に予想がついたのだ。

 そして、その予想が正解だとばかりに、悟空は笑を浮かべる。

 

 

「流石界王様……。 話が早くて助かるぜ。

 オラ達サイヤ人は、大猿になると理性を失っちまう……。

 まぁ、ベジータみてぇな例外もいるみてぇだが、前に悟飯が大猿になった時は理性がほぼなかった。

 オラ自身も何度か大猿になっちまった事があるみてぇだけど、正直そん時の記憶はねぇ……」

 

 

 改めて、サイヤ人が大猿になった時の状態を言葉にする悟空。

 しかし、ここで一旦言葉を切ると、何かを思い出すかの様に、軽く視線を上に向ける……。

 今の悟空の瞳が映している光景が、どの様なモノか分からないが、間違いなく大界王星の景色で無い事だけは、悟空の表情から察する界王だった。

 

 静寂の時間が2人の間に流れる。

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。

 悟空は「ふぅ……」と一息吐くと、再び口を開く。

 

 

「どうやらオラは、ガキの時に誤って満月を見ちまって大猿になっちまったみてぇなんだ……。

 そして、そん時にじいちゃんを……」

「そうか……」

 

 

 過去に自身がしでかした事を、辛そうな表情を浮かべ絞り出す様に吐き出す悟空。

 そんな悟空の告解にも似た言葉を受け、師であり銀河の一角を納める偉大なる神は、その事実をただあるがままに受け入れたのだった。

 そして、まるで迷子の様に佇む、自身の弟子へ問いかける。

 

 

「だから、会いに行っていいのか迷っていると言うわけか……?」

「ああ……」

 

 

 界王に自身の内心をズバリと言い当てられた悟空は、少し俯いたまま力なく頷く。

 そんな悟空に、尚も界王は言葉のナイフをもって切り込んでいく。

 

 

「だが、お前は祖父に謝りたいと思っているのだろう……?」

「ああ……」

 

 

 まるで、悟空の心を覗いたかの様に、正確に彼の心を解体していく界王。

 

 

「だったら、行けばいいではないか……」

「いや、そうなんだけどよぉ……」

 

 

 界王の言葉に、悟空自身行かなかればいけない事は重々承知している事が見て取れた。

 だが、悟空の中で何かが引っかかっているのか、どこか踏ん切りがついていない様子だった。

 そして、その何かを界王は正確に察していた……。

 

 だが、界王からしてみれば、それはいらぬ心配の様に思えてならなかった。

 なので、少し呆れた様子で「はぁ……」と大きなため息をつき、再び口を開く。

 

 

「きっとお前の祖父は、お前の事を恨んでなどおらんと思うぞ?」

「っ!?」

 

 

 界王に自身の心のなかで引っかかっていた部分を言い当てられた悟空は、驚いた顔で界王を見つめる。

 そんな悟空に、ニッ!と得意げな笑みを浮かべる界王。

 そんな表情を見せられて、若干負けたように感じた悟空は不貞腐れた表情を浮かべ口を開く。

 

 まぁ、何が負けたのかは分からんが……。

 

 

「……何で、界王様にそんな事が分かんだよ……?」

 

 

 そんな悟空の問に「ふむ……」と、顎に手を当て少し考える様な仕草をとる界王。

 だが、その答えはすぐに見つかったのか、どこか優しげな笑みを浮かべ口を開く。

 

 

「強いて理由を挙げるなら、お前の祖父だから……かなぁ〜」

「何だそれ!?」

 

 

 界王の解答に、訳が分からないといった表情を浮かべる悟空。

 しかし、そんな悟空に再び口を開く界王。

 

 

「では聞くが、悟空……。 お前、息子の悟飯の事を恨んでおるか?

 こう言う言い方は厳しいかもしれんが、お前がセルとの戦いで死んだのは、あやつが原因と言っても良い。

 あやつが、サイヤ人の本能に呑まれず、さっさとセルを倒しておれば、お前やワシが死ぬ事は無かった……」

「……」

 

 

 界王の言葉に押し黙る悟空。

 しかし、そんな悟空を無視して、更に言葉を続ける界王。 

 

 

「まぁ、実際にワシを死なせたのはセルだ。

 しかし、間接的にではあるが、お前やワシを殺した原因は、セルを必要以上に追い詰めたお前の息子悟飯だというのも、また事実だ……。

 お前は、そんな息子の事を恨んでおるか……?」

 

 

 少々厳しい口調で問いかける界王に、悟空は界王の眼をしっかり見つめ口を開く。

 

 

「そんなの……、答えるまでもねぇよ……。

 オラは悟飯の事を、少しも恨んじゃいねぇ!!!

 それに、界王様に迷惑をかけちまったのは、オラ自身の責任だ……」

 

 

 自身を見つめ力強く答える悟空の姿に、満足そうな笑みを浮かべ頷く界王。

 

 

「ふっふっふ……。 そう言うと思ったぞ……。

 つまりは、そう言う事じゃよ悟空……」

「え?」

 

 

 先程までと違い、どこか優しさが感じられる界王の口調に、悟空は戸惑った声を上げる。

 悟空はこの段階になっても、界王が自身に何を言いたいのか、よく理解できていなかった。

 そんな悟空に、界王は解答を示すべく口を開く。

 

 

「お前は自身が死ぬ事になった原因の息子を許した……。

 そんなお前を育てた祖父なら、きっとお前の事を許している……。

 いや、そもそも怒ってすらおらんかもしれんなぁ〜」

 

 

 軽い感じで言葉を述べる界王の姿を見て、悟空は記憶の中の祖父の姿を思い出す。

 時に厳しい面を見せる事があったが、それ以上にいつも優しい笑みを浮かべ自身を見守ってくれた祖父。

 その姿を思い出して、悟空は無性に祖父に会いたくなった……。

 

 

「そうだな……。 よし!オラ今からじいちゃんのトコ行ってくる!!!」

「うむ! それがいいだろう!!!」

 

 

 界王の言葉で、少しだけ長年の胸のつかえが取れた悟空は、これまで悩んでいたのが嘘の様に、さっそく祖父に会いに行く事を決意する。

 この切り替えの速さは、悟空の美点の一つと言ってもいいだろう。

 そんな悟空に、満足そうな笑みを浮かべ賛同する界王。

 

 悟空は、さっそく祖父の元へ赴くべく人差し指と中指を立て額に当てる。 

 

 

「えっと、じいちゃんは五行山にいるんだったけか……」

 

 

 瞬間移動をする為に祖父の気を探ろうとする悟空だったが、悟空が何気なく呟いた言葉を聞いた界王が突如口を開く。

 

 

「ちょっと待て、悟空!!」

 

 

 突然の界王の言葉に、驚いた表情を浮かべる悟空。

 

 

「何だよ? 界王様……」

「お前の祖父は、天国ではなく五行山におるのか……?」

「多分な……。 昔オラの嫁のチチと五行山に行った時に、バイトしてるって言ってた」

 

 

 悟空から祖父悟飯が天国でなく、五行山にいると聞いた界王は顎に手を当て少し考える様な仕草をとる。

 

 

「ふむ……、五行山か……」

「どうかしたんか、界王様?」

 

 

 悟空に声をかけられた事で、考えが纏まったのか界王が口を開く。

 

 

「悟空、念のために閻魔に許可をもらってから行け」

「え? 何でだ……?」

 

 

 界王の言葉に疑問を持った悟空は、首を傾げる。

 そんな悟空に界王は自身の考えを口にする。

 

 

「五行山は、あの世と現世の狭間じゃ。

 お前だったら問題は無いだろうが、あの場所は担ってる役目柄デリケートな場所なんじゃ。

 それに、今のお前は死者だからなぁ、一応閻魔に許可を貰っておけ」

「ふーん、面倒だけど、しょうがねぇか……」

 

 

 界王の言葉を聞いた悟空は、少々面倒くさそうな表情を浮かべるが、再び人差し指と中指を立て額に当てる。

 そして、今度は祖父ではなく閻魔界にいる閻魔大王の気を探る。

 

 

「よし、あった! 閻魔のおっちゃんの気だ!!

 それじゃ、界王様! オラ行ってくる!!!」

「おう、楽しんでこいや!!!」

 

 

 ニカッ!と笑みを浮かべる悟空に、界王も笑みを浮かべる。

 さっそく瞬間移動を発動しようとしたところで、悟空が「あっ!」と何かを思い出した様な声を上げ、界王に視線をむける。

 

 

「そうだ……。 言い忘れてた……」

「?」

 

 

 悟空の様子に不思議そうな表情を浮かべる界王。

 そんな界王に笑みをむける悟空。

 

 

「あんがとな、界王様!!

 界王様のおかげで、オラじいちゃんに会いに行く決心が出来たぞ!!!」

 

 

 悟空の発言に、一瞬ぽかんとした表情を浮かべる界王。

 しかし、それも束の間いつもの笑みを浮かべる。

 

 

「気にせんでいいわい、ほれ、さっさと行かんかっ!!!」

「ああ!! じゃ、行ってくる!!!」

 

 

 そう言って、今度こそシュン!と風を切る様な音と共に、大界王星から姿を消す孫悟空。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 ここは、閻魔界。

 見渡す限り黄色い雲に覆われた世界。

 その世界には1つの宮殿が立っていた。

 

 その宮殿の中で、今日も業務に勤しんでいる巨漢の男がいた。

 その男の名は、閻魔大王。

 この世とあの世の法則を司り、死者の魂に絶対の権力とあの世を司る力を持つ、言うならば死者の世界の管理者だ。

 

 彼の仕事の1つに死者の判決といいうものがある。

 これは、死後閻魔宮に訪れた魂の生前の行いを、手元の閻魔帳に基づいて瞬時に見極め、天国行きか地獄行きかの決定を行なっていくというものだ。

 彼が座っている机の上には、数多の書類や、台帳がのっかっており彼の仕事量がそれだけで伺える。

 

 

「天国行き……、地獄行き……、地獄行き……、天国行き……、地獄行き……」 

 

 

 閻魔大王が判決を下し、ハンコを押した死者の書類が彼の机の下に用意されている箱に次々と収まっていく。

 そうやって、いつも通り業務をこなしている閻魔大王の耳に、シュン!という風を切り裂く様な音が聞こえて来た。

 

 

「ん?」

 

 

 閻魔大王は、書類から眼を離し、机の下に目を向ける。

 そこに、1人の男が立っていた。

 

 

「よう!」

 

 

 気軽な様子で、手を上げ自身に挨拶をする男。

 そして、その男は閻魔大王も知っている男だった。

 

 

「おおぉ!! 孫悟空ではないか!!!

 見たぞ、この間のあの世一武道会!!!

 もの凄い闘いで、ワシも久しぶりに熱くなったわっ!!!」

 

 

 突然の来訪者に机から身を乗り出し、テンションぶち上げで喜びの声を上げる閻魔大王。

 そんな閻魔大王に、悟空も得意げな笑みを浮かべる。

 

 

「へっへー! サンキュー!!

 あのさ、オラちょっと閻魔のおっちゃんに頼みがあんだけど……」

「ん? ワシに頼み……? どうした突然……?」

 

 

 悟空の言葉に、首を傾げる閻魔大王。

 

 

「オラ、五行山に行きてえんだけど、行っていいか?」

「五行山じゃと……? また、どうしてそんな所へ……?」

 

 

 悟空の言葉に、さらに首を傾げる閻魔大王。

 そんな不思議そうな表情を浮かべる閻魔大王に、悟空は自身の目的を告げる。

 

 

「いやよ、そこでオラのじいちゃんがバイトしてるはずなんだ」

「五行山でバイト……、あっ!お前のじいちゃんとは孫悟飯の事か!!!」

 

 

 悟空の言葉を受け、少し考える素振りを見せる閻魔大王。

 だが、それも束の間、何かを思い出した様な表情を浮かべた閻魔大王は、悟空の言うじいちゃんの存在を思い出し、少し驚いた表情を浮かべ悟空の祖父の名を口にする。

 閻魔大王の口から、祖父の名前が出た事に今度は悟空の方が驚きの表情を浮かべる。

 

 

「おっ! おっちゃんじいちゃんの事知ってんのか!?」

「当然だ! あやつに五行山のバイトを進めたのはワシだからな!!

 女好きのあやつは喜んで、引き受けおったわ!!」

 

 

 悟空の問いかけに、さも当然とばかり頷き、悟飯が五行山のバイトを引き受けた時の事を懐かしそうに語る閻魔大王。

 そして、何故悟空が五行山へ行きたいと言い出したのか、その真意も察しがついた為、閻魔大王は納得した表情を浮かべ口を開く。

 

 

「なるほどな……。 祖父に会いに行く為に五行山へ行きたいと言うのだな……?」

「ああ!!」

 

 

 閻魔大王の問いに、力強く頷く悟空は。

 

 

「ふむ……、まぁ、お前は界王様の弟子でもあるし、いいじゃろう……」

「本当か!?」

 

 

 悟空が五行山へ行く事に少し思案する様な表情を浮かべる閻魔大王だったが、同じ界王の弟子である悟空に便宜を図る事にした。

 五行山はあの世とこの世の間に存在する場所である為、本来は悟飯の様な例外を除き、あの世の住人の立ち入りは出来ない場所なのだ。

 しかも、五行山の魂達はまだ閻魔大王の裁定を受けていない者達だ。

 

 地球の死者達は、五行山を経由してあの世へやってくる。

 言ってしまえば、死者になって一番最初に訪れる場所が五行山なのだ。

 当然死んで間もないばかりの者達なので、まだ死者としての自覚が薄く存在が曖昧なのだ。

 

 閻魔宮で行われる閻魔大王の裁判とは、ある意味死者としての存在を定着させる儀式でもあるのだ。

 不思議なモノで、死ねば閻魔大王に裁かれるという事は、何故だか全宇宙で真偽はともかく言い伝えられている。

 その影響か、閻魔大王に裁かれると誰も彼もが自身が死んだ事を嫌でも実感し、死者である事を自覚してしまうのだ。

 

 そして、自身が死者である事を認める事で、ようやくその者は死者としての存在が安定する訳だ。

 存在が安定しない魂は、いろいろな力に影響されやすいデリケートな存在なのだ。

 そんな場所に、強大な力を持つ悟空が訪れる事を閻魔大王は危惧したのだ。

 

 だが、悟空が無闇矢鱈に力を解放する事がない人格である事も知っているし、五行山の主人のアンニンが優秀なのも知っていた。

 なので、悟空が五行山に訪れても大した問題にはならないだろうと判断したのだ。

 閻魔大王が内心でそんな事を考えている事など知らない悟空は、閻魔大王の言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 そんな悟空の表情に、閻魔大王も笑みを浮かべる。

 

 

「うむ、五行山への道を案内させよう……。 オイ、そこの者……」

「はいオニ!!!」

 

 

 閻魔大王に声をかけられたのは、これまで閻魔大王と悟空の側で成り行きを見守っていたスーツ姿をした青鬼だった。

 

 

「話は聞いていたな……? こやつに、五行山への道を案内してやれ……」

「はいオニ!!!」

 

 

 閻魔大王の言葉を受け、姿勢を正し返事を返す青鬼。

 上司と部下のやりとりを終えた青鬼は、さっそく悟空に向け声を掛ける。

 

 

「それでは、案内させていただきますオニ!」

「ああ、よろしくな!」

 

 

 自身に対し丁寧に深く一礼する青鬼に、悟空も笑顔で応える。

 青鬼が悟空に対して丁重な対応をとるのには訳があった。

 悟空は、あの世では所謂『あの世の達人』と言われる存在の1人だった。

 

 『あの世の達人』とは、生前さまざまな功績を残し、その功績が認められ、死後も肉体を与えられ大界王星で修行を行える一握りの者達のことだ。

 それ故、『あの世の達人』は界王や閻魔大王とは別の敬いの対象になっている。

 それは、あの世に来て間もない悟空も例外ではないのだ。

 

 しかも、『あの世の達人』とは滅多に誕生しない為、青鬼は内心『あの世の達人』を間近に見られて興奮していた。

 そんな内心を抑えながらも、職務を全うするべく青鬼は口を開く。

 

 

「こちらですオニ!」

 

 

 自身を案内するべく歩き出した青鬼に続き、悟空も歩き出そうとしたところで、悟空は再度閻魔大王に視線をむける。

 

 

「色々あんがとな、閻魔のおっちゃん!!!」

「うむ! ああ……、1つ言い忘れとった。

 今後はワシに許可を取らずとも五行山へ行っても良いからな!」

「本当か!? そいつは助かる!!! じゃあな、おっちゃん!!!」

 

 

 閻魔大王の心遣いに感謝を述べた悟空は、閻魔大王に別れをつげ青鬼のあとを追う。

 五行山へ続く道は閻魔宮から少し離れているのか、宮殿を出てすでに20分ほど歩いていた。

 その間青鬼は、滅多に会えない『あの世の達人』の悟空に様々な質問をした。

 

 そして、その質問に悟空が答える形で歩いてきた為、2人はあまり時間が経った様な感覚はなかった。

 しかし、そんな時間も終わりを迎える事になる。

 2人の目の前に巨大な門が立っていたからだ。

 

 

「へー、でっけぇ門だなぁ……」

 

 

 目の前に聳え立つ門の大きさに、感心した様な声を上げる悟空。

 

 

「一応閻魔大王様が通れる様に作られていますので……。

 この先へ五行山へ続く階段がありますオニ、少々お待ちくださいオニ」

 

 

 青鬼は門の柱に近づくと、柱に備えられているボタンを操作する。

 すると程なくして、門がギィッと重々しい音を立てながらゆっくりと開く。

 

 

「これが、五行山へ続く階段ですオニ!!」

 

 

 開かれた門の中には、下が見えないほど延々と下へ続く階段があった。

 門の中は薄暗い空間であった為下の方は真っ黒になっており、肉眼ではどこまで続いているのか検討がつかなかった。

 階段のあまりの長さに、思わず悟空は声をあげる。

 

 

「ひゃぁー、長ぇ階段だなぁ……」

 

 

 驚きの表情を浮かべ階段を見つめる悟空の横で、青鬼が悟空の言葉を肯定する様に頷き口を開く。

 

 

「ええ、五行山はあの世とこの世の間にはりますので、結構長い階段になってますオニ」

「ふーん、そう考えりゃぁ、この長さもしょうがねぇのかな……?」

 

 

 青鬼の言葉を受け、悟空は視線を階段に固定したまま、納得?した様な言葉を口にしながらも、内心は別の事を考えていた。

 

 

(流石に、蛇の道よりは長くねぇよなぁ……?)

 

 

 かつて経験した100万キロの道のりを思い出したのだ。

 初めて蛇の道を走破した時は、半年程かかったのだ。

 今となっては大した距離ではないが、それでも最初の大変だった記憶は多少残っているのか、この様にゴールが見えないモノを見ると無意識に比較対象にしていた。

 

 

「ま、考えたところでしょうがねぇか!! 案内サンキューな!!!」

 

 

 答えが出ない事を考えていても仕方ないと思考を切り替える悟空。

 そして、ここまで案内してくれた青鬼に礼を述べる。

 

 

「いえいえ私も楽しかったですオニ!!

 道中お気をつけて下さいオニ!!!」

 

 

 青鬼の言葉を受け、悟空はニッ!と笑みを浮かべる。

 そして悟空はふわりと浮き上がると、身体から真っ白いオーラを身に纏う。

 

 

「よし、行くか!!!」

 

 

 その言葉を合図に、悟空は凄まじいスピードで五行山へ続く階段を降っていく。

 懐かしき、最初の家族がいるであろうその地を目指して……。

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