ドラゴンボール -地獄からの観戦者- フリーザ編 18 Epilogue
ここは、地獄。
生前罪を犯した者達が行き着く、最終地。
ここでは生前に犯した罪を償う為に、さまざまな悪人や罪人達が存在している。
そんな場所を1人の男が歩いていた。
彼の名前はバーダック、かつてフリーザの命を受け仲間達と様々な星々を力で制圧したサイヤ人だ。
しばらく歩いていると、彼の目の前にいくつもの強大な針の上に鎮座した巨大な水晶が姿を現した。
そして、その前に1人の女性が佇んでいるのが見えた。
彼がこんな所までわざわざやって来たのは、この女性を迎えに来たためだった。
「こんなところで何やってんだ、ギネ?」
バーダックは水晶の前に佇む自身の妻に声をかける。
「バーダック……」
声をかけられたギネは水晶から視線を外し、来訪者である自身の夫に視線を向けるが、すぐに視線を水晶へと戻す。
ギネの横にやって来たバーダックもギネと同じ様に視線を水晶へ向ける。
そこには、いつもと変わらず後ろの風景を歪めて映している巨大な水晶が存在していた。
だが、彼らは知っている……。
この水晶が1年以上前に映し出した奇跡を……・。
「あれから、もう1年以上経ってんだな……」
「うん……」
バーダックがポツリと呟いた言葉に、相槌を返すギネ。
「お前、あれからちょくちょくここにやって来てるみてえだが、何か気になる事でもあんのか?」
1年以上前、彼らが見上げている水晶は、現世で起こったとある戦いを映し出した。
その戦いは、彼ら2人にとっても、とても大きな意味を持つ戦いだった。
そして、激闘の末、彼らが最も望んだ形で戦いは終結する事ができた。
だが、ギネにとっては未だ心残りがある様で、戦いが終わって1年以上経っているにも関わらず、足繁くこの水晶にちょくちょく通っているのだ。
当然、それを夫であるバーダックが知らないわけがなかった。
そして、その心残りというモノにも、大体の予想が付いていた。
「カカロットの事か……」
バーダックが口にした名前を聞いた瞬間、ギネの肩がピクリと震える。
その反応を見て、バーダックはやはりかと、ため息を吐く。
彼らの息子であるカカロット事孫悟空は、1年以上前にナメック星で、彼らサイヤ人の宿敵である宇宙の帝王であるフリーザと激闘を繰り広げた。
その戦いはあまりに凄まじく、最期は戦っていた星まで爆発して消え去ってしまったほどだ。
彼らの息子はその戦いに勝利こそしたが、星が爆発する寸前にギリギリ脱出したという経緯を持つ。
バーダック達は目の前の水晶が映し出した、ナメック星の爆発をその目で見ている。
その凄まじさに、ギリギリ脱出したカカロットが爆発に巻き込まれたのではないかと、ギネは心配しているのだ。
だから、一目だけでも無事な息子の姿が見たくて、1年以上足繁くこの水晶に通っているのだ……。
だが、この水晶は滅多な事では現世を映す事はない事で有名な水晶でもある。
あの戦いを映し出して以来、この水晶が現世を映し出した事はなかった。
それ以前に、1年以上前に戦いを映し出す以前は、果たしてなん年前にその水晶が現世を映したのかすら、定かでないのだ……。
それを知っているから、バーダックはため息を隠せなかった。
それに、何もこの水晶を頼らなくても、悟空の生存を確かめるだけだったら方法は他にもあるのだ。
「ギネ、カカロットの生存が知りたければ、閻魔に聞きに行けばいいんじゃねぇのか?」
バーダックの言葉にギネは弾かれた様に、顔をこちらに向ける。
その表情は正に”その手があったか!”と書いてある様だった。
それを見て、またしてもバーダックはため息を吐きたくなった。
まぁ、地獄の住人である彼等が閻魔大王に謁見するのは、色々な手順が必要で正直面倒なのだが、不可能ではないのだ。
それに、いつ映し出すか分からない水晶の前で待ち惚けを喰うよりかは早いだろうし、確実だろう。
「おら、早速閻魔に会える様に地獄の鬼に話をつけに行くぞ」
「うん!あ、でも……」
バーダックの提案に笑顔で答えたギネだったが、すぐに表情を暗くする。
バーダックがどうした?と顔で訴えるとギネは、少し悲しい笑みを浮かべながら口を開く。
「いや、もうあの子の姿を見る事が出来ないんだなぁーって、ちょっと思っただけさ……」
「しょうがねぇさ……、オレ達は死者なんだからよ……」
「うん……、そうだね……。
寧ろ1度姿が見れただけでも、奇跡……なんだよね……。
それでも、少し寂しいなぁ……って、思っちゃうんだよ……」
本来は自分が愛情を持って育てたかった息子にようやく、映像とはいえ会えたのだ。
サイヤ人の中でも異端の存在であるギネの事をよく知るバーダックは、何となくだがギネの内心を察する。
「ギネ……」
察する事は出来ても、バーダックもギネも既に死者なのだ。
どうすることもできないが故に、バーダックは複雑そうな顔でギネを見つめる事しかできなかった。
そんなバーダックに気づいたのか、ギネは無理やり笑顔を浮かべる。
「あはっはっはっ……、あたし、何言ってんだろうね?
バーダックも気にしないでくれていいよ……。
さ、閻魔大王に会える様に鬼に頼みに行こ、行こ!!」
ギネは、バーダックにまくし立てる様に言葉をかけると背を向け歩き出す。
その姿をバーダックは痛々しいものを見る様な目を向ける。
そして、改めて水晶に目を向けるが、水晶は変わらず後ろの風景を歪めて映しているだけだった。
「無駄か……」
そんな事をため息と共に呟き、バーダックはギネに追いつこうと、後ろを振り向いたその瞬間だった。
ジ……ジッ、ジジッ……ジジッ……
後ろから以前聞いた事がある、ノイズのような音が聞こえた。
慌てて振り返ってみると先ほどまで風景を歪めて写しているだけだった水晶が光り、砂嵐の様なひどいノイズが走ったテレビの画面みたいになっていた。
「こっ、これは!?」
「どうしたんだい!?バーダック!!」
異変に気付いたギネも走って、バーダックの元へやって来た。
そして、水晶の異変に気付いたのか驚愕の顔をバーダックに向ける。
「バーダック……、これ……」
「ああ……、前にフリーザの野郎との戦いを映し出した時もこんな感じだった……」
徐々にノイズが収まり明らかにこれまで映し出していた地獄とは違う光景を水晶は映し出した。
しかし、以前と違い音は一切聞こえてこない。
それは、とても綺麗な青空だった。
その青空を切り裂く様に丸い物体が猛スピードで落下していく……。
そして、それは程なく凄まじい量の砂煙を上げ、地面に激突した。
音は聞こえてこないが、激突した時は相当な轟音が響き渡った事だろう。
さらに、その衝撃の威力を証明する様に、丸い物体が激突した半径10mくらいはクレーターとなっていた。
そんな大規模破壊を行なった、丸い物体の前面がゆっくりと開く。
そして、次の瞬間1人の男が変わった服装を身に纏い姿を現した。
その男こそ、ギネが1年以上無事を祈り続けた息子だった。
息子の元に10人近くの人間(おそらく息子の仲間達だろう)が、笑顔で出迎える様に近づいていくのが映し出されていた。
その中には彼の息子もいる様だった。
仲間に帰還を祝福された息子は、ナメック星での戦いでは見せた事がないほどの優しい顔をしていた。
きっと、こちらが彼の本来の顔なのだろうと、ギネは瞬時に理解した。
その幸せそうな光景を目にして、ギネは長年自分の胸の中にあった蟠りが消え去っていくのを感じた。
それは、ナメック星での爆発に巻き込まず命が助かった事もそうだが、何より息子が地球で幸せに生活している事が知れたのが嬉しかった。
「カカロットは、地球で楽しくやってるんだね……。
あの時、地球へ送って本当に良かった……」
「ああ……」
満面の笑顔から吐き出されたギネの言葉に、バーダックも穏やかな声で答える。
もう少し、この幸せに包まれた光景を見たかったギネとバーダックだったが、今回の奇跡の時間はどうやら長くは続かない様だった。
ジ……ジッ、ジジッ……ジジッ……
今まで現世を映し出していた水晶が、またしてもノイズのような音を発したと思ったら、砂嵐の様なひどいノイズが走ったテレビの画面みたいになってしまったのだ。
そして、程なくしていつもと変わらない、後ろの風景を歪めて映すだけとなってしまった。
「終わっちゃったね……」
「ああ……」
2人は今や何も映し出していない水晶を見つめながら、呆然と呟いた。
たった、数分だけの奇跡だったが、それでもこの2人には十分すぎるほどの奇跡だった。
その証拠に2人の口元には、確かに笑みが浮かんでいたからだ。
しばらく、2人は水晶を見つめていたが揃って水晶に背を向け歩き出した。
彼らが知りたかった全てを知る事が出来た故に……。
そうして、今度こそ水晶の前から最後の地獄からの観戦者が姿を消したのだった……。